7. アトリアの願い

「私、決めましたわ」

夕食の最中、レティシアが突然言い出しました。リヴェットとステラが、キョトンとした表情でレティシアに注目しました。

「来月、いよいよソーラスへの冒険旅行に出発ですわ」

暫く沈黙が続きました。ステラが心配そうに言いました。

「レティシア様....それは無茶です」

「何故ですの?」

「先ず、レティシア様はソーラスが何処にあるのか、知っておいでですか?」

「あ.....多分、南の方角ですわ、そう南....んもう、それは羅針盤がきっと指し示してくれますわ。ねえリヴェット」

「え?....う、うん.....」

ステラは呆れたようにため息をつき、お説教をするような口調で言いました。

「....レティシア様。シュレット様も言っておられましたように、長旅には入念な準備と、しっかりとしたプランが必要です。 ソーラスは私達が全く知らない未知の世界。何が起きるか分からないのです。 その羅針盤だけを頼りに、何も考えずに飛び回るのは、大変危険です」

「わ.....わかっていますわよ....そう、そうね....えーっと.....」

「レティシア様、私も皆様と同行致します。長旅の準備と支度は、私にお任せ下さい」

「そ、そうですわ!それを言おうとしましたの。ステラさんにお任せですわ」

すると、ステラの目が鋭く光りました。

「”レティシア様も一緒に”....です」

「うぅ......了解ですわ」

 リヴェットは苦笑しました。 しかし、こんなに楽しい家族と一緒に冒険出来るのが、内心とても楽しみで仕方がありませんでした。

食事が終わると、再びソーラスの冒険旅行についての話し合いが始まりました。

「――準備については、私とステラさん、それとあのポンコツで、ある程度目処は立てられますわ。 でも、私達はあまりにもソーラスの事を知らなさ過ぎますわ。そこで.....リヴェットにお願いがありますの」

「私?」

「このままアトリアちゃんと一緒に、ソーラスの本の解読作業を進めて欲しいのです。 どんな情報でもいいですわ。ソーラスについてもっと、多くの知識が必要ですの」

「....うん、やってみる」

すると、レティシアが少し睨むような目つきで言いました。

「但し、あまりアトリアちゃんと仲良くなり過ぎるのは駄目ですわよ。いいですわね?」

「う....うん」

どうやらレティシアとアトリアは犬猿の仲になりそう....リヴェットは心の中でそう思いました。


 部屋に戻ると、アトリアが待っていました。アトリアはぼーっとした表情で、リヴェットを見つめていました。

「アトリアちゃん....戻っていたんだ」

「....さっきは、ごめんなさい」

「ううん、大丈夫。レティはすぐ暴走するから....」

リヴェットはアトリアを慰めようと手を触れましたが、ホログラムだったのでそれは掠れていくだけでした。

「ねえアトリアちゃんに、お願いがあるの」

「.....はい。リヴェット様のお力になれるなら、何でも協力します....いえ、協力させて下さい」

「もしかして、聞いていたの?」

「はい....あ、ごめんなさい」

「ううん。でも良かった。怒って断られるかなって思ってたの」

「そんなことは....」

リヴェットは解読の続きを行おうと、本を開きましたが....すぐに閉じてしまいました。

「......リヴェット様? 如何されたのですか?」

「私ね....ソーラスの事をいっぱい知りたいけど、今一番知りたいのは、アトリアちゃんの事。 ねえ、アトリアちゃんのお話、聞かせて欲しいの」

「はい。ですが何をお話すればよいのか.....」

「例えば、昔の事.....お友達の事とか....」

「お友達.....」


「――それは、ソーラスの大災厄が起きたとされる日より、半年程前の事でした。 ルシーア号に、フランベルというソーラス人の少女が搭乗してきました。 淡い水色の美しい髪、そしてリヴェット様と同じ白い翼。15歳の誕生日を迎えたばかりでした。 フランベル様は、この船に搭載されたNEBO-SYSTEMの為に選抜された子供でした」

「NEBO-SYSTEM?」

「はい。それは簡単に言うと、人とこのルシーア号.....即ち私が、エンパス機関が作り出す仮想次元で.....融合するんです。 それによって、ルシーア号を手足の一部になったように、人が自由自在に操る事が出来るようになり、 私は演算処理の全てを、ルシーア号の機動、運動能力に集中させ、この機に搭載されたエンパサイズ・エンジンの性能を最大まで発揮する事が出来るようになります。 でも、本当は人が精神体となり、新しい進化を遂げる為の実験だと呼ばれていました。

―何故、そのような実験が必要だったのかは分かりません。 でも、フランベル様と融合している時は、まるで私自身も人になったような感覚で、とても嬉しかったし、フランベル様も凄く喜んでくれていました。 私とフランベル様はその実験を通じて、お互いの事をよく分かり合い、とても仲良くなりました。 時には、内緒でずっと二人で融合したままの時もありました。二人で一緒に飛んだ美しい空.....地平線に輝くヴィーナスベルトは、今でも忘れられません。

―でもある時、その実験は中断され、ルシーア号はテリーサ社に移管される事になりました。 フランベル様ともお別れでした。 フランベル様は最後まで私と一緒にいたいと訴え続け、ルシーア号から離れようとしませんでした。 私もフランベル様と別れたく無かったので、命令に背き、フランベル様を保護しようとしましたが 、とうとう私のAIプログラムの電源が落とされてしまいました。次第に意識が遠のき、それが死なのだと知りました。

―それから、意識がはっきりと戻るまでの間は、私自身の感覚では数秒もありませんでした。 機体はシールド保護されていましたが、カタパルトの経年劣化は大きく、あれから長い歳月が経った事を理解しました。

―ルシーア号のプログラムを再び起動したのは、シュレット様でした。 最初、ソーラス語が通じなかったので、様々な言語を試して、このウェレンスヴァニア語が通じると分かり、 プログラムをこの言語に最適化し、ようやく私はシュレット様に尋ねる事が出来ました。私の質問は殆どは、フランベル様の事でした。 でも、それは次第に無意味である事に気がつきました。 シュレット様の話によって、大災厄の事を知り、ソーラスが既に滅び差ってしまった事、誰も居なくなってしまった事...... そして何よりも、既に途方も無い程、長い歳月が過ぎてしまっていた事を知ってしまったからです。

―私は、ソーラスに何が起きてしまったのか。皆様が何処へ行ってしまったのかを知りたい。 そして、フランベル様の行方も.....」

 リヴェットはアトリアの悲痛な思いと孤独な心境を知り、とても悲しくなりました。 リヴェットはアトリアを慰めるように手を取ろうとしました。勿論、それは空を切るだけだと分かっていましたが、 それでもアトリアを元気付けたいという思いが、そうさせたのです。

「アトリアちゃん......ソーラスへ行ったら一緒に捜そうね....みんなを......フランベルさんを」

「はい....リヴェット様」


 ――それら二人は毎日のように、一緒にソーラスの本の解読に明け暮れました。 アトリアが読み上げた内容を、リヴェットが書き写していく作業。 今までずっと分からなかった本の内容が、次々と明らかになっていきました。 とても哀しいロマンス、思わず二人で一緒に笑ってしまう程おかしな喜劇、ソーラスの歴史、地理、政治.... 様々なソーラスの文化が綴られていました。 中には、大人向けの官能小説もあった為、思わず二人は真っ赤になってしまいました。

「ねえアトリアちゃん。この本は絶対にレティには内緒だよ?」

「はい。何を仕出かすかわかりませんから」

二人はクスクスと笑いながら、それを本棚の一番奥に隠してしまいました。


8. 好き嫌い

 レティシア達の搬入作業を手伝う為、リヴェットは大急ぎで地下格納庫へ向かいました。 最初は怖かったお屋敷の地下も、今ではすっかり慣れてしまいました。 ふと見下ろすと、レティシアとR.クラークの姿がありました。 どうやらレティシアがR.クラークに何かを言い寄っているようでした。R.クラークが後ずさりしていました。

「レティったら、また.....」

 勝気な性格のレティシアが、人に詰め寄る光景はすっかり見慣れていました。 それを宥めるのは、いつもリヴェットの役目でした。 リヴェットは急いで階段を降りていきました。 しかし既にR.クラークの姿はありませんでした。

「あれ?クラークさんは?」

「ああ、あのポンコツなら逃げていきましたわ」

「何があったの?」

「大した事ではありませんわ。それよりリヴェット。コレ運ぶの、手伝って欲しいのですわ」

「うん、いいよ.....」

 レティシアは食料の一部....缶詰を船内に運び込む所でした。 リヴェットは何の缶詰かなと、その一つを手に取ると、とても悲痛な表情を浮かべました。 そこには”鮭”と書かれていました。

「ねえレティ.....これ、嫌だよぉ」

「あらあら、リヴェットったらまた好き嫌いを言う気ですわね。魚は栄養たっぷりなのですわよ」

「うぅ.....」

リヴェットは今まで殆ど見せた事の無い、抗議の眼差しをレティシアに向けました。

「あらあら、リヴェットったら、いつからそんな目で私を見るようになったのかしら~」

レティシアが意地悪に言いました。

リヴェットは、今日ばかりはレティシアに仕返ししようと決めました。

「.....お野菜が足りないね。お野菜持ってくるね」

「え..? ちょっとリヴェットちゃん、待って下さいな、待って~」

「お野菜....」

9. 公社の影

 ウェレンスヴェニア郊外、渓谷内の居住区画の中で最も北に位置する47区。 いつもは穏やかなこの地区に、黒光りした小型の航空機が飛来しました。 ロクスクロス公社の戦闘艇でした。多くの野次馬が集る中、公社の戦闘艇は公園の広場に堂々と降下し、 中から3人の黒づくめの服を着た男達出てきました。 彼らは群がる野次馬達を、怒鳴りながら解散させました。 その内の一人、眼帯を付けた男が通信機を取り出しました。

「こちらフェディック。47区に到着しました。大佐、指示をどうぞ」

 ―そこは薄暗い闇の中でした。 その人物は、顔が影で隠れており、窓から差し込む光で、手元だけが見えました。 手に一枚の写真を持っていました。 白い羽の生えた天使のような少女.....それは紛れも無く、リヴェットでした。

「トラヴィスだ。ルウェインの別荘の向かい側の建物で待機せよ。ターゲットが現れるまでは、そこから動くな」

「了解」

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