◆ 第2章. ソーラス編 ◆

プロローグ

1. ロクスクロス公社

2. 顔に傷を負った男

3. トラヴィス

4. エンパス・リンカー

5. 失われた世界へ

6. ヴェクスターデン

7. アクルックス観測所

8. Sista Fiolen

9. 13番目の所有者

10. 疑惑

11. 赤いマフラー

12. 亡霊の誘い

13. 水没した都

14. べクルックス観測所

15. 第2のクラックス

16. 星と弓の紋章

17. カール・ヤンセン


――それは不思議な光景だった。

 私はとても冷たい鋼鉄の床に、仰向けに倒れていた。ドーム状の天井のガラス窓の先には、あの大きな青い星が見える。 こんなに大きく、そして真上に存在しているという事は、恐らくあの”失われた地”にいるのだろうか。

その青い星へ向かって、一点の小さな流星が、眩い程の青い光を放ちながら、飛び去っていくのが見えた。 私の体は全く動かなかった。ただ、その光をじっと見つめていた。目に涙が溢れていた。 私は泣いていたのだ。一体何故だ?

私の意識は次第に薄れ、そして.....視界がぼんやりと消えていった。


1.ロクスクロス公社

 そこは、白くぼんやりと輝く長方形の壁が、漆黒の淵に沿っていくつもタイル状に並ぶ細長い部屋でした。 部屋の両脇には、壁とほぼ同じ色をした、人が横になって入る事が出来るサイズのカプセル=スリープカプセルが並べられていました。 その内の1つが、淵のラインがぼんやりとアクアブルーに輝くと、突然シューッとした排気音が鳴り響き、 カプセルの蓋が横へスライドするように開きました。暫くして、中から一人の青年が起き上がりました。

 全身を黒いスーツで覆われており、右手、右足、そしてうなじの各部分からコードのようなものが延びており、 それらはカプセルと接続されていました。顔半分は、黒い鋼鉄のマスクに覆われ、目にはアイセンサーが付いており、 彼が左半身を機械化されたサイボーグである事を示唆していました。 青年は左半身に繋がっていたコードを全て引き抜くと、両足をカプセルから下ろし、具合の悪そうな表情で項垂れました。

 部屋の自動ロックの扉が開き、一体のロボットが部屋に入って来ました。 ロボットは彼の目の前まで来て言いました。

「.....トラヴィス中佐。おはようございます」

「....私は一体、どれくらい寝ていたのだ?」

「48時間です。チューニングの為、今回は少し長めにお休み頂きました。 睡眠時間はスリープカプセルによって厳重にコンロトールされておりますので、過不足する事はありません」

「....ああ、分かっているよ」

 トラヴィスは項垂れたまま答えました。 彼はスリープカプセルで起きる度に、自分が本当はどれくらいの時間寝ていたのか、そして寝ている間、 自分の身体に何が起きているのか、いつも疑問に感じていました。 トラヴィスは、このスリープカプセルが大嫌いでした。 ここに入る度に、何らかの記憶を、まるで夢から醒めた後の夢のように、失っている気がしていたのです。



 ルーヴェンは、別名"クラウドシティ"と呼ばれていました。 その由来は、ルーヴェンの南方に発生するとても大きな積乱雲にありました。 この積乱雲は大災厄の日に発生し、そして百年以上の歳月に渡って、ルーヴェンの南側の空に存在し続けていました。 夜、時折この雲の一部が青く輝く事があり、その幻想的な光景はルーヴェン市の名物の1つとなっていました。 その向こうに、実は青い大きな惑星が存在している事を知るのは、公社の関係者のみでした。


そこは漆黒の部屋でした。緑色のシェードのデスクライトだけが光を放っていました。 トラヴィスはデスクの前で椅子に深く腰掛けながら、黄昏に染まる窓の外を眺めていました。 暫くすると、扉からノックが響きました。

「入りたまえ」

 トラヴィスと同じ、漆黒のコートを着た公社の私設軍の兵士が、敬礼と共に入ってきました。

「失礼致します。中佐。ご報告致します。あと30分程でシャーレックが到着します。 ウェレンスヴァニアでの事件の主犯と思われる容疑者も、こちらへ移送中です」

兵士はトラヴィスに書類を渡しました。トラヴィスは兵士に向かい合い、書類を受け取り、ゆっくりと目を通しました。 それは事件の容疑者として移送中の容疑者のプロファイル.....墜落したメリエス号に搭乗していた、レティシアのものでした。

「......そうか。ルーヴェンに到着したら、私の元に連れて来て欲しい」

「はっ」


2. 顔に傷を負った男

 シャーレック号が停泊するカタパルトから公社の本部ビルは、おおよそ300mの長い渡り廊下で結ばれており、 そこは公社の士官や、特別な客人だけが通行を許されていました。 今回は例外に、ウェレンスヴァニアで起きた飛行船脱走事件で身柄を拘束されたレティシアが、 2人の衛兵に囲まれながら、この渡り廊下を進んでいました。

 その道中、足をギブスで固定し、杖を付いていた中年の兵士が立っていました。 顔には大きな古傷があり、その風貌から多くの戦場を経験してきた様を窺い知ることが出来ました。 レティシア達が通り過ぎようとすると、兵士が突然話しかけてきました。

「本当にあんたなのか?」

「え?」

レティシアは足を止め、その兵士に向き直りました。

「フェディック中尉。重要参考人との接触は許可されて―」

「貴様には聞いてねえ」

「....し、失礼致しました」

 2人の衛兵が震え上がりました。しかし男に対してとりわけ勝気なレティシアは、怖じ気づかずに応えました。

「勤務中に女の子をナンパなんて、公社はよほど暇なのですわね」

「聞きたい事があるだけだ。あの飛行船....本当にあんたが操縦していたのか?」

「....ええ、その通りですわ」

 レティシアは嘘だとバレないよう、フェディックの目を真っ直ぐ見て言いました。

「俺はあの飛び方を知っている。あれは、俺の同期の間で知らない奴はいない。 かつて”教官”が得意としていた飛び方だからな。 あのボロい飛行船と公社の戦闘艇では、格闘性能が比較にならない。だが、10分以上もの間、俺達の攻撃をかわし、陽動に成功した。 子供に出来るような芸当じゃねえ。一体何者だ?」

「何度も言うようですが、メリエス号に乗っていたのは私だけですわ」

「.....まあいい。あの飛び方....見事だった。じゃあな」

 フェディックは杖を付きながらカタパルトの方へ向き直ると、そのまま立ち去って行きました。 レティシア達も向き直り、再び本部の方へと歩みだしました。

「(教官ですって?....うふふ、ステラさんを弄るネタが、また一つ増えましたわ~)」

レティシアの表情には、悪戯っぽい笑みがこぼれていました。


3. トラヴィス

 トラヴィスのオフィス外側の廊下から、少女の怒鳴り声が響きました。

「ちょっと、か弱いレディに失礼ではありませんの? 乱暴する気ですわね!」

「いいから、さっさと行け!」

程なくして、扉をノックする音が響きました。

「リッグス少尉です。中佐、重要参考人を連れて参りました」

「入っていいよ」

 扉が開くと、レティシアと、彼女を連行していた衛兵達が現れました。 レティシアは膨れっ面をして、怒りながら少尉に悪態をついていました。

「一体何の騒ぎだね?」

トラヴィスは呆れた表情で言いました。

「中佐.....この娘にはうんざりです」

トラヴィスはそれを聞いて静かに笑いました。

「クックック....似ているな。あのじいさんも、よく喋る、落ち着きの無い人だったからね。君たちはもう下がっていいよ」

「はっ」

衛兵達はようやく解放されたとばかりに、一礼して直ぐに部屋を出て行きました。


顔半分......いや、右半身が完全に機械化されたトラヴィスの不気味な姿に、レティシアは恐れを感じましたが、直ぐに強気さを取り戻しました。

「あら、随分と余裕ですこと。私が手錠を解いて、あなたに襲い掛かるかもしれないですわよ?」

「その心配は無い....その手錠は特別だからね。それに、さすがの君もここでそんな芸当をやる程、馬鹿では無いだろう」

レティシアは逆に自分が馬鹿にされたみたいで腹が立ち、負けじとトラヴィスを挑発しました。

「あなたも、ポンコツみたいですわね」

 すると、トラヴィスの表情が突然、鋭くこわばった表情に変わりました。レティシアはそれでも怯まず、その目を見続けました。 トラヴィスは直ぐに元の表情に戻り、穏やかな口調で、何かを思い出したかのように言いました。

「君は本当にあのじいさんによく似ている。 確かに、私はあのR.クラークというロボットと比べれば、性能は遥かに劣る。 なにしろ、半分は只の人間だからね」

 暫くの沈黙が続いた後、トラヴィスが口を開きました。

「本題に入ろうか。君に訊きたい事は山ほどあるが、出発まで時間が無くてね。 今は重要な事だけを訊く事にしよう。特に、あの白い機体の事をね」

「あら、あなた達のほうが詳しいのではなくて?」

「鋭いね君は。確かに、我々はあの白い機体について、多くのデータを収集し、それを今も分析中だ。 私が君に訊きたいのは、あの白い機体に”誰が乗っているのか”だ。 勿論、ある程度の察しはついている。 リヴェット.....という名前だったね。あの天使のような美しい娘。 それにロボットが1体、いや.....,.正確には2体か。恐らく片方は”あの船自身”のホログラムだった筈だ。 ここまでは我々の予想通りだ。だがもう一人、君の若い家政婦さんが、あれから姿が見当たらないが?」

「さあ......どうかしら。私は別行動でしたから」

「では、質問を少し変えよう。墜落したメリエス号に乗っていたもう一人は......一体何処に行ったのだね?」

 つい先ほど、顔に傷のある兵士から同じ事を訊かれた所を見ると、公社がステラについて何か特別な警戒をしているのは確かで、 尚更それを口外するわけにはいきませんでした。

「何度も言いますが、メリエス号には私一人.....,.」

「私に嘘を言わない方がいいぞ」

 トラヴィスは突然、大きな声で割り込みました。 レティシアはその威圧感に圧倒され、思わず黙ってしまいました。 トラヴィスは目を閉じると、再び穏やかな声で言いました。

「......まあいいだろう。いずれ分かる事だからね」

その後、暫く沈黙が続きました。 レティシアは再びトラヴィスに突っかかりました。

「それで、私をこんな所まで連れてきて、一体どうする気ですの?」

「我々はこれからシャーレック号に搭乗し、あの白い機体を追ってソーラスへ向かう。 勿論、君にも同行してもらうよ」

「何ですって?」

「そういえば、君の夢だったね。ソーラスへの冒険は」

「あなたたちとなんて、御免ですわ」

「残念ながら、君に選択する権利は無いんだ。君にはよくわかっている筈だ。公社に捕われた者がどうなるかを。 君のおじいさん、その仲間達は帰って来たのかい?」

「......」

 レティシアは怒りに震え、トラヴィスを睨みつけました。

「安心していい。彼らの殆どは公社の拘置所に収監している。 君が言う通りにすれば、彼らの刑期も短く済む事になる」

「嘘ですわね」

「それは君次第だ」

 トラヴィスは鋭い目つきでレティシアを見つめました。

「あの可憐な天使は、君が危険だと分かれば、必ず我々の元へ来るだろう。 君が我々と同行する役割は、天使を誘い込む事だ」

「......いいこと。もし私のリヴェットに何かしましたら.....覚悟なさい」


4. エンパス・リンカー

 飛行艇シャーレックは、公社が所有する軍艦の中で特に長い航続距離を持つ中型機です。 黒光りする縦長の曲線を帯びたラインが特徴で、4機のエンパスエンジンを搭載、 内部に小型戦闘艇を4機格納しており、空中空母の役割も果たしています。 シャーレックは公社の物資、或いは要人輸送に使用される事もありました。 シャーレック号の乗組員は、公社でも特に最高幹部会からも認められた優秀な兵士が選りすぐられており、 この艦に乗船する事は、公社私設軍の兵士にとって、とても名誉ある事でもありました。

 シャーレック号のデッキにトラヴィスが現れると、それを待っていたかのように、 ロクスクロス社高官の制服を身にまとった初老の男性が歩み寄りました。

「おお!トラヴィス君。待っていたよ」

「ラドリー顧問官」

 トラヴィスが敬礼すると、顧問官も軽く敬礼しました。 ラドリー顧問官は、世間から隔絶されたロクスクロス公社最高幹部会との唯一の窓口役であり、 幹部会の意見、意向を軍部に伝令する役割を担っていました。 シャーレック号に彼が搭乗する事になるという事は、今回の作戦が公社にとっていかに重大なものかを示していました。

「上層部から特令は?」

「いや、特に変わりは無いよ。あの白い機体を拿捕し、搭乗者を全員捕らえる事。勿論、困難な場合は撃墜してもかまわん。 その状況判断は、全て君に任せるそうだ。 14管区.....あの物騒なエリアでの任務は、君以上に長けている者はいないからな。 ところで、シャーレック号のエンパス・リンカーについてだが.....聞いておるかね?」

「ええ。コルスキー大尉がウェレンスヴァニアで事故に遭い、入院の為に離脱したと」

「至急、代わりの者を探さなくてはならなくなってな.....来たまえ」

 エンパス・リンカーとは、シャーレック号のエンパスエンジンを制御する特殊かつ重大な任務を負う者の呼び名で、 エンパス艦はこのエンパスリンカーが機動力、推力を司る航行システムからインフラを司る生命維持システムまで、あらゆる機能を制御する事になり、いわば艦の命そのものになります。 エンパス・コントロールルーム(ECR)は、ルシーア号のデッキ中央の円柱型のコントロールルーム(アトリアがいるアクアブルーの部屋)と同じ構造で、ルシーア号との違いは、その中にAIホログラムではなく、サイボーグ化された人間が入る事でした。

 トラヴィス達がECRの前にやって来ると、そのアクアブルーに輝く半透明円柱型の部屋の中に、 エンパス・リンカー用のエレクトロスーツを見にまとった、若い女性が立っていました。 輝くような赤い瞳は、ECR内で高エンパスに晒される事による彩色変化によるもので、 その目を見れば誰もが一目でエンパス・リンカーを識別する事ができました。 トラヴィスは、彼女に見覚えがありました。ラドリー顧問官が得意げに言いました。

「中佐。君にご紹介するまでも無いだろう?」

トラヴィスは久しぶりに旧友に会ったような感嘆の声を上げました。

「ライラ・リーデル大尉か....君が戻って来るとは思わなかった」

「お久しぶりです、中佐」

「君がこの艦に来てくれたとは、とても心強い」

「ありがとうございます」

「大尉。君には2年間のブランクがあるが、感覚は鈍ってはいないか?」

「ご心配には及びません」

「そうだったね。.....本艦は点検が終わり次第、ただちに出航し、あの白い機体を追う。直ぐに準備に取り掛かってくれ」

「了解」


5. 失われた世界へ

 次の日、リヴェットは一連の出来事ですっかり気疲れしてしまい、中々ベッドから出てくる事が出来ませんでした。

「うぅ....レティ...」

 うめき声を上げながら、今は遠く離れ離れになってしまった大切な家族の名を呼びました。 しかし、それがもうレティシア達に届かない事は分かっていました。 寂しさが込み上げてきました。 目を開けると、アトリアが傍らで心配そうな表情で見つめていました。

「アトリアちゃん.....?」

「リヴェット様....」

 ぼさぼさになった髪の毛と翼、寝間着姿の自分がとても恥ずかしくなり、毛布に顔半分まで潜り込みました。

「....恥ずかしい所を見られちゃった。ごめんね......私、頼りないよね.......」

 涙目になっているリヴェットを見つめたまま、アトリアが首を振って言いました。

「リヴェット様.....元気を出して下さい。私に出来る事があれば、何でも言って下さい」

「うん.....ありがとう。少しだけ....傍にいてくれる? 大丈夫、直ぐに起きるから.....」

「はい」

アトリアがニコッと笑顔を見せました。


 暫くしてから、ようやくリヴェットは身支度を整えて、デッキにやって来ました。

「おはようございます、リヴェット様」

「クラークさん。心配掛けてごめんなさい」

「いいえ、私が不甲斐ないばかりに、このような事態になってしまい、誠に申し訳ございません」

「ううん、誰のせいでもないよ.....今は、とにかく前に進まなきゃ」

 リヴェットはデッキの前方左側のシートに着席すると、シュレットの手帳を取り出しました。 ”ソーラスへの行き方” と書かれた頁の、沢山の取り消し線の中から、 唯一綺麗に清書された文章にを見つけ出すと、そこにはこう書かれていました。

”最初は東の空へ飛び、コルナ海の上に出る。眼下に海が見えたら、まっすぐ南の方角へ飛んでいく”

「ねえアトリアちゃん。今は何処を飛んでいるの?」

「コルナ大陸の南東沿岸です。もう直ぐ海の上に出ます」

 遥か前方に、青々とした水平線が見えてきました。 リヴェットがコルナ大陸の地図を確認していると、それを見たアトリアは 前方のホログラムスクリーンに地図を大きく映し出しました。 赤い矢印が点滅しながら海へと出ようとしており、それはルシーア号を示していました。

「リヴェット様。私にお任せ下さい」

「アトリアちゃん......ありがとう」

「いえ」

「アトリアちゃん。コルナ海に出たら、真っ直ぐ南に向かって欲しいの」

「了解です」

 ルシーア号が海の上に出ると、 船体がゆっくりと右に傾き、南へと進路を変えて行きました。 リヴェットは手帳の次の頁に書かれた指示を、今度はアトリアに読み聞かせました。

”コルナ大陸から南へ直進すると、必ず嵐に飲まれてしまう。3日目の夕暮れ、南の方角から十字の形をした星座が2つ見えるようになる。 片方はフェイク。本物は1つだけだ。 形が少し小さく、近くに赤と青のとても明るい星が見えるものが本物だ。 その本物の十字座が昇ってきた方角を、真っ直ぐ目指す。”

 それを聞いたアトリアが言いました。

「コルナ大陸の南側は、非常に強力な熱帯低気圧が幾つも存在します。ルシーア号なら強行突破も可能ですが、 迂回した方が安全です。メリエス号の速度から計算し、南の方角に十字星座が見えるのはこの辺り....」

 ホログラムスクリーン上の地図に、ルシーア号の予想航路が赤い線で描かれていきました。

「ここから南東に向けて進路を取ると.....」

 地図が一気に縮小され、予想航路が南側に存在する大陸にぶつかりました。 その大陸は、リヴェットが手に持っていた地図上では、シュレットが手書きした線で書き加えられていたものです。

「ソーラスのヴェクスターデン地方に到着します」

「流石はソーラスの船です。気象情報、地勢も完璧ですね」

「手探りの情報でこの空域を抜けるのは、大変危険なのです」

「おじいさま.....」

 リヴェットは多くの斜線、訂正が加えられた手帳を見て、祖父が乗り越えてきた苦難の大きさを思いました。


 ルシーア号はメリエス号よりも遥かに早く進んでおり、日没と同時に、南側の雲海の上に十字の形を取る2つの星座がぼんやりと姿を現しました。

「形が小さく、近くに赤と青の明るい星が見えるのは.....」

 リヴェットは左手側の十字星が本物と確信し、アトリアに教えました。

「リヴェット様、その方角で間違いありません。行きましょう」

 やがて、十字座は次第に天頂へと移動していき、ルシーア号が確実に南の方角へ向かっている事が分かりました。


 ルシーア 号は”失われた世界ソーラス” を目指し、 南天に輝く十字座の方角を目指して進み続けました。 そして明朝、アトリアに起こされてデッキへ急ぐと、ずっと海が続いていた前方の雲の隙間から、陽の光を受けて輝く砂浜と、青々とした森林が見えてきました。 ウェレンスヴァニアでは地平線に沈んでいたあの青い星は、今は天高く昇り、堂々とその美しい姿を見せていました。

「リヴェット様、ソーラスに到着致しました」

「あれが、ソーラス.......」

 様々な想いを込めて、3人は目の前に現れたソーラスをずっと見つめていました。 アトリアが何かに気が付いて言いました。

「リヴェット様、羅針盤が.....」

 飛行船がソーラスの地の上空に差し掛かると突然、羅針盤の針が大きく揺れ 方角を大きく変えていきました。 それまでSSWを示していた針は、ESEの方角を示したのです。 羅針盤は一体、何処へ導いていくのだろう。 リヴェットはこれから訪れる冒険に心を躍らす一方、大きな不安に寒気を感じていました。


6. ヴェクスターデン

 ルシーア号がソーラス大陸に辿り着いた翌日の事でした。 眼下には、明らかに人工物と思われる高層建築物が、天を突き刺すかのように点在しているのがわかりました。 きっと、ソーラス人達が暮らしていた街に辿り着いたのかもしれない。 リヴェットはアトリアに頼み、デッキのスクリーンに現在飛行している地域のマップと、ルシーア号の位置を映し出して貰うと、 羅針盤が指し示す方角にある場所を確認しました。 そして、自分たちがソーラス北東部の都市にいる事が分かりました。 アトリアが地図の言語を翻訳して言いました。

「ここは北東部の都市、ヴェクスターデンです」

 突然、クラークが慌ててデッキ入ってきました。

「リヴェット様....このまま飛び続けるのは危険です!」

「どうして?」

「中心区センタースクエア付近は、公社が厳重に管理しています。 ガーディアン(警備ロボット)が見張っており、航空機等の進入が探知されると撃墜されてしまいます。 かつてシュレット様が云っておられました。 2回目のソーラス入りの際、4番艇が防衛ラインに入り、ガーディアンの攻撃を受けて墜落したと」

 しかし羅針盤は依然と、真っ直ぐ市街地の中心部を指し示していました。

「羅針盤はきっと、そのセンタースクエアを指し示しているよ.....方法は無いのかな?」

「防空レーダーは最も低い場所で、400mの鋭塔に設置されております」

それを聞いたアトリアが直ぐに答えました。

「低空侵入ですね、お任せ下さい」

 アトリアはそう言った次の瞬間には、機体を一気に降下させました。 あまりに突然だったので、二人ともよろめいてしまいました。

「リヴェット様、大丈夫ですか?」

「うん....平気」

「アトリア。私は心配しないのですか?」

「あなたは宙返りしても平気です」

「ええ....確かに、そうかもしれませんが」

 二人のやり取りが可笑しく、リヴェットはついクスクスと笑ってしまいました。 それが少なからず、緊張感を和らいでくれていました。

 ルシーア号はいよいよヴェクスターデンの市街地の入りました。 高く聳え立つ高層建築群と、そこに取り付けられた幾つもの風車。 隣接する鋭塔を繋ぐ無数の橋やキャットウォークがあらゆる場所に張り巡らされており、 それはまさに、絵本や物語に出てくる空中都市の姿を髣髴とさせるものでした。 ヴェクスターデンの市街地は、思ったよりも荒廃は進んでいませんでした。 それはきっと、ガーディアン達が管理しているからだとリヴェットは思いました。 ただ、この雄大な街に人影は全く無く、無数の風車は、 どれ1つとして動くものはありませんでした。

 センタースクエアと呼ばれる場所は、ヴェクスターデンの最も中心に位置する区画で、祖父シュレットの手帳によると、 そこではソーラスのテクノロジーを支える重要な研究が行われていたと記されていました。 ルシーア号がセンタースクエア内に入ると、アトリアは地上の広く空いた広場を探し出し、そこへゆっくりと飛行船を降下させ、停泊させました。

 リヴェットは再び羅針盤を確認すると、先ほどとは指し示している方向が変わっている事に気が付きました。 それは、目的地が近い事を意味していました。3人はルシーア号を降り、羅針盤の指し示す方角へ向けて歩いていきました。 一世紀もの歳月で風化し、植物が生い茂るアスファルトの道を、不安と期待を抱きながら.....。



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