7. アクルックス観測所
羅針盤が指し示す先にあったのは、まるで御伽噺に出てくるような古風なお城のように、歴史的な雰囲気のある石造りの建造物でした。
入り口には、ソーラスの言葉で ”アクルックス観測所” と書かれていました。
その内部には、吹き抜けからの陽の光を受けた天球儀や地球儀のような形状の構造物が、
ありとあらゆる場所に取り付けられた、不思議な空間が広がっていました。
羅針盤は大きく揺れながら、建物の上層階を指し示していました。 リヴェット達は螺旋階段を慎重に昇りながら、ようやく上層階に辿り着くと、
そこにはとても大きな円形のホールがあり、前方のステンドグラスからこぼれる美しい光が、
石畳の床を色取り取りに輝かせていました。そして、そこはまるで何かの博物館のように、
敷居や柱に囲われた展示品が並べられていました。
3人は手分けして、このホールを調べる事にしました。
最初にリヴェットの目を引いたのは、このホールの中でも特に大きな、天球儀の形をしたオブジェでした。
同じ様な形状のオブジェは沢山ありましたが、それらとは全く異質な、特別な存在感がありました。
中には人が3人ほど潜れるようなゲートがあり、中央に向かって階段が設置されています。
傍らに佇む黒光りする石碑には、何かの暗号と思われる記号が刻まれていました。
リヴェットはそのオブジェを、ずっと前から知っていたような気がしており、どこか懐かしい感じがしました。
暫くぼーっと眺めていると、R.クラークがやって来ました。
リヴェットはR.クラークに訊きました。
「クラークさん。これをご存知ですか?」
「これは......クラックスと呼ばれております。かつて、一部のソーラス人達はこれを移動手段として使っていたと聞いた事があります。異なる場所にある2つのクラックスのセッションが確立すると、ワームホールが形成されます。物質はエネルギー粒子に転換され、もう片方のクラックスで再構成される、いわば転移装置のようなものです。
ですが.....これはもはや動力を失っており、使う事は出来ないでしょう」
「この記号は、何を表しているのでしょう?」
リヴェットは傍らの石碑に刻まれた記号を指し示しました。
「これは.......いえ、何でもありません。恐らく、このクラックスの識別コードかと思われますが.....申し訳ございません。実は私もよく知らないのです」
すると、クラークはまるで逃げるかのようにその場を立ち去ってしまいました。
リヴェットはその姿を見ていると、かつてシュレットから、冒険家への訓練と称した謎解きに挑んだ時の記憶が蘇りました。
―シュレットの出した謎が一向に解けずにいたリヴェットは、半べそになっていました。
「見つからないよぉ......」
レティシアがリヴェットの両肩に手を置いて言いました。
「リヴェット。謎解きなんて、所詮は人が作ったものですわ。
こういうのはね、謎を仕掛けた人をよく見るのですわ。その人の癖とか性格。
あのじじいは何かを隠したり、ヒントを出す時には、必ず”なんでもない”と言ってしまうショボい癖がありますの。
それが最大のヒントですわ」
―リヴェットはもう一度クラックスを見回しました。
よく見ると、クラックスの側面にも記号が刻まれている事に気が付きました。
その記号は、石碑に刻まれた記号の1行目と同じものだったのです。
リヴェットは咄嗟に思いついたように、シュレットの手帳の空いているページに、石碑とクラックスに刻まれた記号をメモしようとしました。
それを見ていたアトリアが傍にやってきました。
「リヴェット様、この文字を写しているのですか?」
「うん....きっと、何か秘密があると思うの」
「リヴェット様、これはソーラスで使われていたプログラム言語の一種です。私にお任せ下さい」
アトリアは暫く石碑やクラックスに刻まれた記号をじっと見つめて言いました。
「今、私のメモリーにこのコードを記憶しました。複合し、共通言語に翻訳すると、こうです」
HH-019-146
ON-018-059
「.....そしてこのオブジェに刻まれた文字は、1列目のHH-019-146と全く同じものみたいです」
リヴェットは目を輝かせながら言いました。
「アトリアちゃん、ありがとう。 本当に、アトリアちゃんは凄いね」
「いえ....」
アトリアは照れくさそうに、そして嬉しそうに微笑んでいました。
8. Sista Fiolen
リヴェット達はようやくクラックスを離れ、ホールの中央へやって来ると、そこに見覚えのある物が展示されていました。
出発する数日前、レティシアと一緒に見たフィルムに映っていたものと同じ光景....あのフィオール(バイオリン)が、
天井まで貫く円形のガラス製のような透明ケースの中に展示されていたのです。
「あれは、もしかして.....」
リヴェットは大急ぎでそこへ近づいてみると、それは確かにあのフィオール(バイオリン)と、そのケースでした。
リヴェットは羅針盤を取り出し、フィオールの回りをぐるっと回ってみました。羅針盤の針は常にそのフィオールを指し示していました。
羅針盤が導いていたのは、今リヴェット達の目の前にある、このフィオールだったのです。
朽ちた所は全く見当たらず、それどころか、しっかり手入れされているのではないかと思う程の美しい光沢が見られました。まるで、さっきまで誰かがそこに居て、置き忘れてしまったかのようです。フィオールとケースには其々、
十字のマークが刻まれており、このように書かれていました。
"Sista Fiolen"
「ソーラスでは”最後のバイオリン”を意味する言葉です」
アトリアが言いました。リヴェットはそのフィオールの美しさにすっかり見惚れていました。
羅針盤がフィオールに刻まれた十字に近づいた瞬間、円柱のガラスケースが突然消滅しました。
「きゃっ」
リヴェットはびっくりして倒れそうになりました。
「リヴェット様!」
「大丈夫だよ.....でも、一体何が」
リヴェットは再びフィオールに近づきました。恐る恐るフィオールに指を触れ、そして今度は手に持ってみました。
それは見た目通り、確かに朽ちた所は見られません。まるで命が宿っているかのように、
とても美しい輝きを放ち、そして何だか暖かい感じがしたのです。
リヴェットはゆっくりと目を閉じ、そっと弓を弦に当てて.....そしてフィオールを演奏してみました。
美しい音色が、ホール全体に響き渡りました。
「これは....」
R.クラークがその音色を辿ってやってきました。
そこには、ステンドグラスの美しい光の元、リヴェットがフィオールを演奏する姿がありました。
フィオールとリヴェットの羽が陽の光でキラキラと輝き、まるで本当に天使が舞い降りたかのような美しい光景でした。
傍らでは、アトリアがフィオールの展示台にちょこんと腰掛け、目を閉じてその音色を聴いていました。
―演奏が終わると、R.クラークは機械がぶつかる鈍い音で拍手しました。
「素晴らしい!」
「ただじゃないですよ」
アトリアがムッとした表情でR.クラークに向けて言いました。
「アトリアちゃんってば.....」
リヴェットは苦笑しました。
「いやいや手厳しい.....それはSista Fiolenですね。聞いた事があります。永遠の時間を生きるフィオールの事を。
もしそうでなければ、とっくに朽ち果ててしまった筈です」
「うん....とても不思議だね」
R.クラークは展示台にあったケースを手に取り、それを開きました。
「おや?」
中には、映画のものと思われるフィルムが入っていました。
「これは興味深い。そういえばレティシア様が映写機を持ち込んでおられましたね」
「うん....」
「では、後でこれを見てみましょう」
R.クラークはフィオールのケースを持ち上げると、それをリヴェットに向けて差し出しました。
「さあ、これに入れてお持ち下さい。これはリヴェット様が持つべきものです」
「でも、いいのかな....」
リヴェットはとても困惑しました。
R.クラークが円柱のケースが存在した展示台を見て言いました。
「このフィオールを守っていたセキュリティシステムは、どうやらリヴェット様の羅針盤によって解除されたようですね。
このフィオールは、きっとリヴェット様を待っていたと思います」
「リヴェット様。私も同感です」
アトリアが言いました。
「アトリアちゃん.....」
「リヴェット様、羅針盤をご覧下さい。もしこのフィオールを手に入れる事を示していたとすれば、今は次の行先を示している事でしょう」
羅針盤を見ると、針が大きく揺れ、今までとは全く異なる、西の方角を真っ直ぐ指し示しました。
リヴェットはゆっくり顔を上げると、目の前のステンドグラスに描かれた、美しい翼を広げるソーラス人の女性を見上げました。
「ごめんなさい.....この子を連れて行く事を、どうかお許し下さい」
リヴェットは深く頭を下げて言いました。
9. 13番目の所有者
リヴェット達はルシーア号へ戻り、羅針盤の指し示す次なる目的地を目指して出発しました。
ルシーア号を自動操縦に切り替えると、Sista Fiolenと一緒に保管されていたフィルムを皆で見る事になりました。
レティシアが冒険飛行の途中で一緒に見ようと持ち込んだ映写機が、役に立ちました。
リヴェットはクラークと協力し、レティシアが使う筈だった部屋に映写機とスクリーンを設置しました。
―いよいよ記録映画の上映が始まりました。
アトリアがソーラス語の字幕を翻訳して、リヴェット達に聞かせました。
「.....13番目の所有者へ。
これは、シスタ・フィオーレンと名づけられた楽器の、時を越えた冒険のお話です」
―最初に、シスタ・フィオーレンがスクリーンに現れました。
「シスタ・フィオーレンは、ソーラス人達の英知で作り上げられた、決して朽ちる事の無い、永久の生命を持つフィオール。
シスタ・フィオーレンは、そのものにNEBO-Systemと同じ原理の細工が施されており、それが永遠の命を持つ由縁です。
今から、この楽器が辿ってきた軌跡を、お話したいと思います。
私の名はクラウディア・ガーシュタイン。シスタフィオーレンの12番目.....即ち、最後の所有者です。
ソーラスが繁栄を極め、そして大きな過ちを犯し、この世界から姿を消すその日まで
数多くの奏者がシスタ・フィオーレンを手にしてきました」
―スクリーンに、帽子を被った、灰色の翼のソーラス人と思われる男性が映し出されました。
「今からおよそ200年前。ヴェクスターの旧市街で
ユーゴという灰色の羽を持つ吟遊詩人の青年が、シスタ・フィオーレンを手にしました。
ユーゴのフィオールの演奏は、大変巧みなものでした。
孤独な旅を好むユーゴは、このフィオールとわずかな荷物を持ち、ソーラスの各地を旅して廻りました。
路上や酒場の興行で稼いだお金で生計を立てていたので、大変貧乏でしたが
それでも、彼の奏でる音楽は、行く先々で多くの人々を魅了させました。
しかし、時代の流れは残酷でした。旧来の音楽に対する興味は失われ、人々はより刺激を求めるようになりました。
ユーゴはとうとう、自分自身の音楽に自信が持てなくなりました。
いつしか演奏する事を完全に辞め、詩を書く事だけに専念し、シスタ・フィオーレンを手放してしまいました」
―映像は、その後フィオールを手にしたと思われるソーラス人達の写真を次々とスライドして映し出しました。
「それから、シスタ・フィオーレンは次々と、人から人の手へと渡り歩きました。
そして12番目......最後の所有者である、私の元へ辿り着きました」
―銀色の髪と、漆黒の翼の可愛らしい少女が映し出されました。この少女が、この記録映画の語り主でもありました。
「私は当時、ソルナ・ティエナ地区に残された最後の居住区画に暮らしていました。
私の父親は、ソーラス学会で最も権威あるテリーサ・インダストリーズ社の科学者で、
シスタ・フィオーレンは、お父様から9歳の誕生日プレゼントとして頂いた物です。
いつも一人ぼっちで孤独だった私にとって、シスタ・フィオーレンは大切な親友でした。
でも、本当の事を言うと、私はあまりフィオールは得意では無かったんです。
どちらかと言えば、これ......トランペットの方がずっと得意でした。
それでも私はこのフィオールをとても愛していました。毎日のように演奏し、そして大切にしてきました。
でも、いつかは上手に弾ける子に譲って、私はその子と仲良しになって、一緒に旋律を奏でるのが夢でした。
しかし、別れは突然やって来ました。
お父様の研究が成功してから半年の月日がたったある日、あの事件が起きました。
シスタ・フィオーレンはある使命の為に、お父様がホームに持って行く事になりました。
私は号泣しながらお父様に頼み、一緒にホームへ行く事を望みました。でも、私のこの黒い翼を持った故の使命が、家族とフィオールから私を引き離してしまいました。
もうすぐNEBOは、ホームと切り離されていくでしょう。
願わくば、シスタ・フィオーレンが、再び新しい所有者に巡り合い、その命が吹き込まれる事を。
歴史に新たなページが書き加えられることを切に願います」
NEBO暦214年9月16日
10. 疑惑
リヴェットは夕食の材料を運ぶ為、アトリアに案内されながらルシーア号の船庫へ下りると、
最も船尾寄りの3番倉庫室の扉が空いている事に気が付きました。
この倉庫室は、レティシア達と一緒に荷物の搬入を行う際、施錠されて開ける事が出来ず、結局使わなかった部屋だった事を、リヴェットはその時になってようやく思い出したのです。
「ねえアトリアちゃん。あの部屋って、いつから空いていたのかな?」
「アナログ施錠みたいですので、残念ながら私のデータに開閉記録がありません.....でも、どうやらクラークが使用しているみたいです」
「クラークさんが.....」
「私の船にこんな部屋があるのが、許せません。とても気になります....」
二人は顔を見合わせて頷き、3番倉庫室の中へ入っていきました。
倉庫室の内部は真っ暗闇でした。アトリアが先導して部屋の中に入ると、自身の発光によって照らしながら部屋の右側へと進み、
壁の一点にあるスイッチを指差しました。
「これです」
「ありがとう」
リヴェットはそのスイッチを軽く押しました。
天井に添えられた旧式のアナログ照明が点き、部屋が明るくなると、
奥側の壁に、リヴェット達には見慣れない、細長い形状をした機械がびっしりと並べられているのがわかりました。
アトリアにはそれが何であるかが直ぐに分かりました。
「リヴェット様。これはTPGトライブラスターです」
「TPGトライブラスター?」
「はい。テリーサ社が開発した、対ロボット、サイボーグ戦闘用のプラズマ砲です」
「ひょっとして....ひ、人殺しの道具?」
リヴェットは恐怖に震えながら言いました。
「いえ、このプラズマ砲は生体エネルギーに対しては殆ど無害です。
ロボットやサイボーグに使用されているエンパス機関をショートさせ、バーストを引き起こすものです」
「そうなの.......でも、クラークさんがどうしてこれを......」
「怪しいですね」
アトリアは壁に並んだTPGトライブラスターをジトっとした目で眺めながら呟きました。
「リヴェット様。これを1つお持ち下さい。もし何かを企んでいたら、ヤツにこれを食らわせてやりましょう」
「アトリアちゃんってば.....」
レティシアのように物騒な事を口走るようになったアトリアに、リヴェットは思わず苦笑してしまいました。
―その日から、二人はお互いに傍を離れず、謎の多いR.クラークの行動と正体を突き止める為に
協力し合う事になったのです。
11. 赤いマフラー
トラヴィスはシャーレック号の自室に戻っていました。
シャーレック号がルーヴェンを出航してからおおよそ8時間が経過しており、まもなくソーラス到着の報告が入る頃でした。
アナウンス音と共にデスク上にホログラムスクリーンが映し出されました。
そこにはライラの姿がありました。
「中佐、私です」
「ああ、待っていたよ。入りたまえ」
自動ロックの扉が左右に開くと、廊下の照明の光が暗い部屋に零れ落ち、辺りを仄かに照らしました。
逆光によって影になっていたライラが近づくにつれ、その表情がようやくトラヴィスの目にもはっきり分かるようになりました。
「大尉。君に少し訊きたいことがあるんだ。まあ、そこにかけたまえ」
ライラはデスクの前にある大きな椅子に軽く腰掛けました。
部屋の側面には大きな白いスクリーンが設置され、そこには白黒の映像が投影されていました。トラヴィスはその映像を真剣な目でじっと見つめていました。
「中佐......これは映画ですか?」
「ご名答。大災厄以前の時代、多くの人々を魅了した大衆娯楽だ。
大尉。もしこの世界を、途方も無く長い映画のロールフィルムに例えてみたとしよう。
我々からは過去や未来の姿を見る事は出来ないが、フィルムから飛び出し、それを遠くから眺めれば、
過去、そして未来、すべての記憶を手に取るように見る事が出来ると思わないか?
「......そうかもしれません。中佐、それは何かの例え話ですか?」
ライラは不思議そうな表情で訊き返しました。
「......いや、変な話をしてすまなかったね。気にしないでくれたまえ」
暫くの沈黙の後、トラヴィスは映画を見ながら再び話を続けました。
「大尉。我々サイボーグ兵は、身体の殆どが機械であるだけでなく、自分自身が機械であるという概念、或いはスリープカプセルによるチューニングの影響で、心までもが機械に浸食され、行動原理が至って単純になっていく。故に、私はこの艦にいる同じサイボーグ兵達の考え方、行動を、ほぼ正確に予測する事が出来る」
トラヴィスはスクリーンを見たまま、話を続けました。
「彼らは皆、些細な物を通じて、自分が少しでも人間である事に郷愁を感じようとする。
例えば、酒や煙草。公社では禁じられているにも関わらず、その消費量は我々私設軍が圧倒的だ。
上層部も、もはやそれを咎める気も無い。実は私とて、例外ではないのだよ」
トラヴィスはそう言うと、ライラを方を見て、自分の首に巻いている赤いマフラーに触れた。
「この赤いマフラーはね、母が私にくれた唯一の贈り物なのだ。
何処へ行く時にも、私はこれを常に身に着けている。私が機械ではなく、人間であった事の証としてね」
再びトラヴィスはスクリーンの方を向きました。
「しかし、残念ながらその記憶も、今では曖昧なものとなってしまった。
私が最も恐れている事は、自分自身の心までもが完全に機械に変貌し、人間であった頃の記憶を亡くしてしまう事なのだ」
暫く沈黙が続き、トラヴィスは再び語り始めました。
「ところで、先ほど私は、この艦にいるサイボーグ兵達の行動を予測出来ると言ったが、どうしても予測出来ない不可解な要素もあるのだ」
トラヴィスは椅子をぐるっと回し、ライラの方に向き直りました。
「それが君だ」
トラヴィスは鋭い目つきでライラを見て言いました。
「君の経歴には謎が多い。サイボーグ兵なのに、まるで人間のように、その行動原理や意図を読む事が出来ない。
君は何故2年前、約束されていたシャーレックのエンパス・リンカー就任を断り、前線を退いて、RSISへのスカウトを受けたんだい?」
ライラは無表情で答えました。
「中佐。きっとご存知かと思いますが、私は身寄りの無い孤児でした。そんな私を引き取って下さったのが、旧皇家一族のルウェイン家でした。RSISには、彼らの強い推薦がありました。私はご恩に報いる為にも、RSISを選んだのです」
「....なるほど。情に厚い所がとても君らしい。君らしくて、行動原理は実に人間的だ」
「......」
「我々は人間の限界を超えた身体能力を備える為、或いは戦闘の負傷によって、殆どがサイボーグ化されている。
特にエンパス・リンカーは、並の人間はおろか、サイボーグ化された人間でさえ、精神力が持たない程の負荷が掛かる。
だが時に、超人的な能力を兼ねそろえた人間が現れる可能性もゼロではない。
私はこう思うのだ。君はもしや、ネイティヴ(―サイボーグ化されていない人間―)ではないのかと」
12. 亡霊の誘い
誰が 私の名を呼ぶ
何故 私を追い続ける
何を 私に求める
どこへ 私を連れて行く
ソルナ ティエナ
そこにいるのは 亡霊
死の世界へ誘う 死神たち
―それは、ユーゴ・ルイバーグの詩集の内、最も短い作品でした。
隣の頁に描かれた挿絵には、美しい街の絵が描かれていました。
そこに人の姿は無く、何故か黒い影だけが描かれていました。
リヴェットはそれを眺めていると、背筋が凍るような恐怖を感じ、めまいがしてしまいました。
「リヴェット様!しっかり!」
アトリアがとても心配そうに言いました。
「....ありがとう。少しだけ、休んでもいいかな?」
「はい」
―二人は、ウェレンスヴァニアを出発してから途中のままになってしまった、詩集の解読を再開していました。
書物は他にも沢山ある筈にも関わらず、この詩集にリヴェットは何よりも心を揺さぶられました。
ユーゴ・ルイバーグ。この詩集の作者であり、リヴェットが手にしたシスタ・フィオーレンの最初の所有者。
リヴェットは、この詩集に書かれている事には、何か重要な意味を持つと思えてなりませんでした。