5. 飛行船ルシーア号

「奥から二番目の本棚......アイゼン・バーグマンの”灯台”....っと、ありましたわ」

 レティシアは本を手に取ると、それは本のように模した木箱である事がすぐに分かりました。 レティシアは果物ナイフを取り出し、表紙を破くと、木箱の中が露になりました。 そこには手帳、鍵、そして.....懐中時計のような形をした羅針盤が入っていたのです。

「この手帳は、あのじじいのものですわね。冒険の記録が書かれていますわ。それとこれは....どこの鍵かしら?」

「ねえレティ。今朝、地下室にどうしても入れない扉があるって言ってたよ? もしかして......」

レティシアはリヴェットの手を掴むと、歓喜した声で言いました。

「それですわ!さすが私のリヴェット!賢い子ですわ!」

「でもあの地下室、暗くてこわい....」

「何を言ってますの!冒険家がそんな所でくじけてどうするのですか!」

レティシアが突然、リヴェットの体を揺らしたので、リヴェットはびっくりしてよろけてしまいました。

「あうぅ」

「さて、残るは」

 レティシアは羅針盤を取り出し、それをじっと眺めました。 隣から顔を覗かせているリヴェットに羅針盤を重ねると、何かに気がついたように、それをリヴェットの首に掛けました。

「ほらね.....これはリヴェットのもの。とても似合っていますわ」


 お屋敷の地下室は、建物2階分のある大きな空間になっており、部屋の中央をキャットウォークのような渡り廊下が天井から吊るされており、 下を見下ろすと、シュレットが冒険で持ち帰った見慣れない物が並べられ、中には得体の知れない形状の物があり、 少し不気味な印象を醸し出していまた。二人はランタンで部屋を照らしながら、渡り廊下を進んでいきました。

「ほんと、変なものばかりよく集めたものですわ。ん、あれですわ」

 渡り廊下の先に、小さな扉がありました。レティシアが開いてみようとすると、確かに鍵が掛かっていました。 レティシアは勝ち誇ったように鍵を取り出し、それを鍵穴に刺して回すと、カチッという錠の外れた音が響きました。 レティシアは静かに扉を開きました。中は真っ暗闇でした。ひやりとした空気が一気にこちらへ流れてくるのがわかりました。

「真っ暗ですわね.....」

「レティ....こわいね」

「悪魔がいるかもですわ。リヴェットを食べちゃうかもしれませんわ~」

「レティの意地悪....」

「うふふ、ごめんなさい。リヴェット、長い階段になっているみたいですわ。足元に気をつけて下さいな」

 二人は闇の中へと吸い込まれるように続く螺旋階段を下りていきました。 暫く階段を下りると、コンクリートで固められた床が見えてきました。 レティシアが何かを探すように壁伝いを調べていました。

「ありましたわ。ちゃんと点くかしら」

 レティシアがレバーのようなものを引くと、ガチャンという大きな音が空間に響き渡りました。 天井にうっすらと光が灯り、それが照明のスイッチである事がリヴェットにも分かりました。 次第に、ここが非常に広い空間である事がわかり、リヴェット達は目の前に、何か大きな人工物がある事に気が付きました。 黒い影になっていたそれは次第に天井の照明に照らされ、少しずつ正体を現していきました。

「これって....」

「メリエス号ですわ。こんな所に隠していたのですわね」

それはシュレットがかつて、冒険飛行に使用していた飛行船でした。

「レティ....後ろにも、凄く大きいのがあるよ」

「行ってみましょう」

 二人はメリエス号の後ろに回ると、そこには更に大きな.....あのフィルムに映っていた、謎の飛行船があったのです。 特徴的だった長くて大きな翼は、折り曲げるように綺麗に畳まれていましたが、それでもメリエス号の倍の大きさがありました。 二人は驚いて、その場に立ち竦んでしまいました。

「これって....あのフィルムに映っていた.....」

「一体誰がここに.....あら?」

 突然、青白い光がどこからともなく出現し、二人の周囲をぐるぐると回り始めました。 その光は、次第にリヴェットの周りをゆっくり回り始め、そして目の前で静止しました。 よく見ると、それは御伽噺に出てくる、妖精のような姿をした小さな女の子でした。 羽をパタパタさせながら、じっとリヴェットを見つめていました。

「こ....こんにちわ」

リヴェットは思わず挨拶をしました。その向こう側で、レティシアが目を輝かせながら言いました。

「まあ.....まあ!素敵ですわ!本物の妖精ちゃんですわね!」

 レティシアがゆっくりと後方から近づき、何やら悪巧みをしてそうな表情で捕まえようとすると、 それに気づいた妖精は、怒った顔でレティシアに襲い掛かりました。

「きゃっ!ちょっと!やめなさい!こら!」

妖精は何度かレティシアに飛び掛かると....再び消えてしまいました。

「んもう、何て乱暴なのかしら!」

「.....レティが悪いよ。捕まえようとしてた」

「うう....だって....あら?誰か来ますわ」

 謎の飛行船の方から、誰かが歩いて来るのが見えました。 表情は帽子で隠れて見えない.....いや、そもそも表情が無かったのです。 衣服は人間と同じコートと帽子をまとい、手にはステッキを持ち、人間のような恰好をしていましたが、 真っ黒のボディに、ぼんやりと光るアイセンサー.....それはロボットだったのです。

ロボットは二人の前で立ち止まると、深くお辞儀をしました。

「レティシア様、リヴェット様。ずっと、お待ちしておりました」

「ど....どうも、初めまして」

二人は警戒しながら、ぎこちなく挨拶をしました。

「突然照明が点いたので、驚きました。しかしこれも全て、シュレット様が予期した通りでございます。 初めまして。私はR.クラークを申します。見てのとおり、私はロボットでございます。そしてあちらは、AI.アトリアです」

R.クラークが指をさすと、再び青い光が目の前に現れました。

「アトリアは、このルシーア号に搭載されたAIプログラム”精霊”のホログラム映像です。 大変、人見知りする子なのですが.....リヴェット様には、興味津々のようですね」

アトリアは再び、リヴェット周りをぐるぐると回りはじめました。

「は、はじめまして。リヴェットといいます」

すると、アトリアは驚いて、またどこかへ逃げて行ってしまいました。

「あの子は、とても恥ずかしがり屋なんです。どうかお許し下さい」

「うーん、生意気ですわね....。あ、そうそう、ねえクラークさん」

レティシアが睨みつけるような目でR.クラークに迫りました。

「あなた何者かしら? どうしてここにいるの? ここは一応、私達のお家の中ですわよ。勝手に侵入しましたわね?」

「レティ.....やめて....」

リヴェットはレティシアをなだめようとしました。

「あ.....た、大変申し訳ございません。これも全てシュレット様より言伝をあずかっておりまして」

「いいわ、聞かせて下さいな」


 二人はルシーア号の内部に案内されました。二人は昔、祖父シュレットに誘われて飛行船メリエス号の中を見た事がありましたが、 ルシーア号の内部は、それとは全く異質なものでした。 露骨にむき出した鋼鉄の機械などは一切見当たりません。 通路は清潔感のある白と黒の壁で覆われ、それらは美しい光沢を放ち、継ぎ目が殆ど見当たりません。 扉は自動的に開き、機内はまるでお屋敷の中にいるように暖かかったのです。 二人はまるで、別世界にでも迷い込んでしまった錯覚に陥りました。 機内を移動する間、R.クラークはこれまでの経緯を語りました。

「私はかつて、テリーサ・インダストリーズ社製の汎用ロボットでした。 工場で修理待ちのまま、1世紀近くもの間、放置されておりましたが、シュレット様に起動プログラムを再生して頂きました。 事情を知り、その惨状に私は愕然としました。私はソーラスに一体何が起きたかを知りたいと思いました。 以来、私はシュレット様と共にソーラス各地を飛び回りました。 このルシーア号も、その時に見つけたものなのです。

 ―あれは、予定していた冒険期間を終えて、帰路についた時です。 私達の飛行船団に、黒い大きな船が近づいてきました。シュレット様は、ロクスクロス公社の艦隊だと言っておられました。 シュレット様は、私と若い2人のクルーにこのルシーア号とメリエス号を託し、黒い船団に投降しました。 残された私達は、シュレット様の指示に従い、ウェレンスヴァニアを目指し、そして 悪天候の日に紛れて、この地下格納にルシーア号とメリエス号を隠しました。

 ―2人のクルーは、仲間を助けに行くと言い残し、彼を乗せた船団の向かったルーヴェンを目指しました。 それから.....ずっと待ち続けたのです。 シュレット様は私にだけ、こう言い残しておられました。

「私がもし戻らなければ、いつか二人の少女がその意思を継ぐだろう。 彼女達があの格納庫を見つけ、降りて来たその時、今度は彼女達に力を貸してやって欲しい」

―リヴェット様、貴方が今、首に掛けておられる羅針盤には、ソーラスのテクノロジーが組み込まれております。 シュレット様が示した目的地を、常に指し示すように出来ております」

「え?」

リヴェットは驚いて、首にかけた羅針盤を手に取って見つめました。

「その羅針盤が、ソーラスへの道を、そして私達が求める答えに、導いてくれる事でしょう」

「.....あの、クラークさんは、おじい様はまだ生きていると?」

「それは分かりません。ですが、彼らがもし無事だとしても、この機に搭乗する事は無いでしょう。 何故なら、我々は今、新しい主の元に就いたのです。それは、あなた方なのです」

クラークが廊下の最も奥の扉を開きました。

「ようこそ。ここがルシーア号のブリッジです」

 ブリッジは一面が漆黒の壁で覆われ、埋め込まれた間接照明の周りだけがぼんやりと照らされていた為、非常に暗くなっていました。 二人が特に気になったのは、中央の透明なガラスに覆われた円柱型の部屋でした。 人が4人ほど入れるくらいのこの小さな部屋は、アクアブルーの幻想的な照明に包まれており、その中に小さなシートが1つありました。 そこにアトリアがしゃがみこんでいました。そのシートは一見、アトリア専用のように見えましたが、人のサイズだった為、やはり大き過ぎるようでした。

「このルシーア号は、操縦だけでなく、インフラ、メンテナンス、全ての管理をAI.アトリアが自動的に行います。 その為、人が機械操作を行う事は殆ど無く、ブリッジは他のタイプの機体と比べ、小さく設計されております。

「......ねえ。それじゃ、ここに座るクルー達の役割って何かしら? 紅茶を飲んでくつろぐの?」

「もう、レティってば.....」

「確かに......レティシア様の言っておられる事は正しいのです。 かつて、このルシーア号の司令官の役割は、命令、指揮系統の伝達、状況分析、意思決定、判断能力でした。 しかしそれも、ある特殊なシステムにより、たった一人......即ちアトリアに任せられるようになります。 ルシーア号は、アトリアという高度なAIシステムがあれば、無人でも機能する事が出来るのです」

 アトリアは依然と、淋しそうな表情で、こちらから目を逸らしていました。 リヴェットは心配そうにアトリアを見つめていました。

「元々、この機は軍が保有しておりましたが、実験目的だった為、武装は民間機の自己防衛機能とさほど変わりはありません」

「つまり、何かあった時の戦う事は出来ないって事ですわね」

「その通りです」

――それから長い間、R.クラークによるルシーア号の紹介が続きました。 しかしあまりにも聞き慣れない言葉が多く、リヴェットには理解が出来ず、途中からはずっと、 淋しそうなアトリアの事ばかり気に掛けていました。 レティもすっかり眠そうになり、また明日にしましょうとクラークの話を遮り、ようやく解放されたのです。


6. NEBOの彼方より

 お屋敷に戻ったリヴェットは、今日起きた出来事を振り返りました。 あまりにも多くの事が一遍に起きたので、まだ気持ちの整理がつきません。 暫くぼーっと窓の外を眺めていると......突然、後方から穏やかな閃光が走りました。 リヴェットは驚いて後ろを振り返ると、そこにはアトリアの姿がありました。 アトリアはじっとリヴェットを見つめていました。

「アトリアちゃん.....どうしたの?」

「リヴェット様....あの」

それは初めて聞いたアトリアの声でした。小さい為か、同い年くらいの女の子よりも、さらに幼い声に聞こえました。

「どうしたの?」

リヴェットは優しく訊きました。

「....少しだけ、お傍にいても宜しいですか?」

「うん」

 リヴェットは頷きました。すると、アトリアはスッとリヴェットの回りを飛びながら、隣にちょこんと座りました。 リヴェットはアトリアの事がずっと気になっていたので、とても嬉しかった反面、何を話そうか迷いました。 ほどなくして、手元にあったあの詩集に目が止まり、今日一番知りたかった事を、アトリアに訊いてみる事にしました。

「ねえ、アトリアちゃん......アトリアちゃんは、ソーラスの言葉が分かるの?」

「はい。私は元々、ソーラス語のプログラムから作られていますから。

今、私がリヴェット様との会話で使われているのはウェレンスヴァニア語で、少し苦手だったんです....」

「そうだったんだ.....ごめんなさい。おかしいよね。 私、ソーラス人なのに、ソーラス言葉が分からないの」

「いえ!そんなことは.....あ、リヴェット様。もしかして、ソーラス語の事で何かお悩みが?」

リヴェットは手元にあった詩集をアトリアに見せました。

「.....詩集ですね。著者はユーゴ・ルイバーグと書かれています。 データベースによると.....この方はコーテンセボリ出身の詩人のようです」

「えっ? アトリアちゃん......それじゃ、これに何が書いてあるのか分かる?」

リヴェットは、昨日見つけたあの”ひまわり畑の絵”の頁を開き、その隣に書かれた詩を指差しました。

「はい。このように書かれています......」


- NEBOの彼方より -

地平線の彼方 輝く青い星に

ずっと想い馳せて 待ち続けている

NEBO 唄おう 哀しみ堪えて

NEBO 想いを伝えよう 未来へ

NEBO 祈りを あの空に捧げ

NEBO 願いよ届け あの星の彼方


「ね...ぼ....?」

「NEBOは、ソーラス人の最後の楽園の名前です。私も行った事は無いのですが......でも、場所なら知っています。 誰もが空を見上げれば分かる、あの場所に......」

アトリアは窓の外を眺めたが.....すぐに失望したような表情に変わりました。

「駄目です。ここからはきっと見る事は出来ません。この深い渓谷は、まるでそれを覆い隠しているかのようです.....」

「アトリアちゃん......」

リヴェットは目を輝かせながら言いました。

「.....その、お願いがあるの。この部屋にはソーラスの本がいっぱいあるの。 でも....私には読めなくて。だから、一緒に見て欲しいの。いいかな?」

 アトリアは驚いた表情をしましたが、それはすぐに笑顔に変わりました。 今日初めて見た、アトリアの笑顔でした。

「はい。リヴェット様のお役に立てるなら、喜んで......」


―二人は先ず、詩集の解読から始めました。 アトリアが読み上げた内容を、リヴェットが書き写していく作業....それは、気がつくと日没まで続きました。 突然、レティシアが憤慨したように部屋に入って来ました。

「リヴェット!私を差し置いて、一体誰と喋っていますの?!....あれ、アトリアちゃん?」

アトリアはムッとした表情でレティシアを睨みつけました。

「まあ、なんてことでしょう.....私の大事なリヴェットが、こんな小生意気な子に....きいい」

「レティ、違うよぉ....ね、ほら見て。アトリアちゃんのお陰で、この詩集の内容が分かったの」

「え?」

「アトリアちゃんはソーラス語が読めるの。レティが持ってきた本を、全部読めるようになったんだよ」

「まあ....まあ!何て素敵な事でしょう!?アトリアちゃんっ」

 レティシアがアトリアに抱きつこうとしましたが、ホログラムだった為、空を切って通り過ぎていき、 そのままベッドにぶつかり、うずくまりました。 リヴェットは心配そうにレティシアに駆け寄りました。

「レティ....大丈夫?」

「うう....なんのこれしきですわ。兎に角、もうお夕飯の時間ですわ。少しお休みを入れるべきですわよ」

「あ....いけない、アトリアちゃん、また後で....あれ?」

そこにはもう、アトリアの姿はありませんでした。


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