13. 本当の名前

 リヴェット達は羅針盤に導かれ、ガクルックス観測所の最深部に辿り着くと、 そこにはやはり、大きな天球儀のようなオブジェ.......クラックスがありました。ただ、これまで見てきたクラックスと明らかに大きな違いがありました。そのクラックスは動力が生きており、青くぼんやりと輝くエネルギーのオーラを帯びていたのです。

「見て.....クラックスが、まだ動いているよ」

「もしかしたら、まだ使えるかもしれません」

 リヴェット達はクラックスの周囲を調べました。傍らには黒い石碑に加え、隣接してルシーア号のECRによく似たアクアブルーに輝く円形の小さな透明の部屋が存在しました。

「(リヴェット、あのECRのメモリーに制御方法が記憶されているかもしれません)」

「うん....調べてみるね」

 リヴェットはクラックスの傍らにあるECRへ向かいました。

 ECRの壁はルシーア号のものと全く同じ様に、ぼんやりとアクアブルーの光を放ちながら輝いていました。リヴェットは恐る恐る、その美しい光の壁に手を触れてみました。すると不思議な事に、リヴェットの手はスッと壁の向こうに吸い込まれていきました。

 「.....あれ? 入れそうだよ」

 リヴェットはそのまま前かがみになって一歩進むと、体が光の壁を抜けていき、ECRの部屋の中へ入っていきました。 アトリアが何かに気が付いて叫びました。

「(リヴェット!ありました....手前のホログラム・パネルに触れてみて下さい。そこから情報を組み上げる事が出来そうです)」

 リヴェットはそっとパネルに指を触れました。リヴェットの指の回りが青白く輝くと同時に、アトリアはECRのメモリーにアクセスし、クラックスの情報が無いか調べました。

「(リヴェット.....ありました。今、私の記憶に転送します)」

 だが暫くすると、アトリアが申し訳無さそうに言いました。

「(リヴェット....このメモリーは破損しているみたいです)」

「そんな.....」

「(リヴェット.....破損していない部分だけですが、クラックスの起動方法について、少しだけ情報を取り出す事が出来そうです。修復して、記憶をリヴェットにお渡しします)」

「うん....アトリアちゃん、ありがとう」

 リヴェットはゆっくりと目を閉じました。アトリアから記憶が転送されると、リヴェットの脳裏にクラックスの起動方法が、最初はぼんやりと、やがて鮮明に思い浮かびました。

「.....クラックスの制御はECRから行うみたい」

 リヴェットは目を開くと、前方のホログラム・パネルを眺めました。 アトリアが言いました。

「(リヴェット。クラックスは、NEBO-SYSTEMによってエンパスが作り出す仮想次元の存在でなければ、使う事が出来ないそうです)」

「NEBO-SYSTEM....という事は」

「(そうです。私達はそれを扱う資格があるという事です。このECRに入れたのも、きっとその為でしょう)」

 その様子を見ていたR.クラークはそっと頷き、静かにリヴェット達のやりとりを見守っていました。


 ―リヴェットはソーラス語で”起動シーケンス”と書かれた項目に触れました。 するとホログラム・パネルが新たに5つ現れました。その内の1つは、クラックスの現在の稼動状態を表すグラフでした。 リヴェットはアトリアの記憶を駆使しながら、それを読み解いていきました。

「システム・オールグリーン....大丈夫、ちゃんと使えるみたい」

 リヴェットは続いて、その下の2つ並んだパネルに注目しました。 ソーラス語で”Home”、”Önska”と書かれた項目の下には1文字分の枠、4文字分の枠が並んでいます。 左側のパネルには既に数字が入っており、右側だけが空欄になっています。 最も手前に現れた小さなホログラム・パネルには、29種類の文字と、16種類の記号がそれぞれボタンのような形で配列されていました。

「”Home”は、きっと今私達のいるこの場所にあるクラックスのアドレス、”Önska”はきっと、行先だと思うの」

「(リヴェット。左側のパネルは操作不能です。既にこのクラックスのアドレスが入っているみたいです。やはり問題は右側ですね)」

 リヴェットは、ヴェクスターデンとオルカで見つけたゲートアドレスを思い出しました。 その内、どちらも2列目が同じアドレスを示していた事を思い出しました。 2列目がNEBOのゲートアドレスを示しているという推測については、アトリアも同じ考えでした。

 リヴェットは試しに、ゲートアドレスを入力してみる事にしました。 最初の1文字の枠には、29の文字盤からNを選んでホログラム・パネルに触れました。 すると、ゲートアドレスの直ぐ下に、輪の付いた青い惑星の姿が映し出されました。 それは紛れも無く、これまでの冒険の道中、常に空にあり続け、そしてリヴェット達が目指してきた青い星......NEBOの姿でした。リヴェットは嬉しくなりました。

「上手くいったみたい....」

「(はい....あと少しですよ)」

 続いて2列目のアドレスを入力しようとしました。しかしよく見ると、枠が明らかに足りない事に気が付きました。 困惑したリヴェットにアトリアが言いました。

「(リヴェット。シューガルデン地方では、16の数字が独自に使われていました。あのアドレスを16の数字に置き換えてみてはどうでしょう?」

「うん、やってみるね」

 リヴェットはアトリアに言われた通りに”ON-018-059”の数字の部分を、16進法に置き換えてみました。 続いて、16種類の記号を映し出したパネルに注目しました。 それはいずれも、ソーラス語の数字とは異なる記号でした。その為、序数がどこから始まるのか、どのような順序で並んでいるのかが分かりません。 リヴェットは試しに、一番左上を0として考え、そこから右に向かって昇順で並んでいるものと仮定し、入力してみました。

 ―しかし何も起こらず、暫くすると数字を入れた部分は空欄に戻ってしまいました。

「駄目....だったみたい」

 リヴェット達は考え込んでしまいました。暫くしてアトリアが言いました。

「(リヴェット。ずっと気になっていたのですが.....この記号は、星の満ち欠けの形によく似ております。 最もNEBOに近いこのシューガルデンでは、16日間で変化するNEBOの満ち欠けを、暦だけでなく、神話、宗教、あらゆるものに利用してきた歴史があるようです)」

「そういえば......」

 リヴェットはその記号をよく見ると、後ろ側に描かれた星が、少しずつ大きく広がり、最後には円を描いている事に気がつきました。

「序数はきっと、今のNEBOの姿かな......」

 リヴェットは上を見上げました。ドーム状の窓越しには夜空が見え、その中心にまるで覗き込むかのようにNEBOを姿がありました。 現在の形状に最も近い形のキーを捜し、それを序数とし、満ち欠けの変化の順番に並んでいるものと考え、再びゲートアドレスを打ち込みました。

 入力用のパネルが消滅し、ゲートアドレスの下に表示されていたNEBOが画面全体にズームアップされ、2つの高い鋭塔が画面上に現れました。その内の1つに、赤いマークが点滅していました。 左側のパネルにも、今リヴェット達がいる世界のものと思われる星が映し出され、次第にズームアップしていき、シューガルデンを意味するソーラス語が書かれた赤いマークが点滅していました。

「(リヴェット....やりましたよ。ゲートアドレスが受理されたみたいです)」

「うん.....という事は、あと1つだけだね」

 一番右側に現れたホログラムパネルには、ソーラス語でこのように書かれていました。

”クラックスを扱う資格者のIDを提示”

 リヴェット達は再び、考え込んでしまいました。 このホログラムパネルは、自分でキーを入力する事が出来ません。

「(きっと、このスクリーンにIDを示す何かを掲げる事によって、受理される仕組みだと思います。ですが....)」

 そのIDを示すものが何なのか、2人には全く見当がつきませんでした。


 それから暫く時が経ちました。リヴェットは途方に暮れてしゃがみこんでしまいました。 ふと、リヴェットはユーゴ・ルイバーグの詩の事が頭を過ぎりました。

「星を渡る旅人、フローネル.......」

 リヴェットは詩集に登場した少女フローネルを思い出しました。 彼女が持っていた羅針盤は、リヴェットのものとそっくりでした。

「私も、星を渡る旅人になれるかな.....」

 アトリアが心の中で答えました。

「リヴェットならきっと....いえ、必ずなれます。クラックスを使えば、リヴェットも立派な”星を渡る旅人”です。 フローネルさんも......もしかしたらクラックスを通って、星々を旅をしていたかもしれませんよ.....」

「うん、私もそんな気がする.....」

 そう言いながら、羅針盤の裏側を眺めて、リヴェットは突然蒼白になり、大声で叫びました。

「アトリアちゃん!」

「(リヴェット、どうしたのですか?....あ、これは!」

 それを見たアトリアも同じ様に驚愕して言いました。

「(リヴェット.....これはリヴェットの名前です!)」

 リヴェットはNEBO-SYSTEMによってソーラス語が読めるようになった今、ようやくその文字の意味に気が付く事が出来ました。

「Ribet.B.Flonel...」

 リヴェットはずっと、自分が本当はどこから来たのか、疑問に感じていました。 1世紀も前に人が消えたソーラスで、一人だけ生きていたとは、どうしても考えられませんでした。 だとすると、自分がどのようにそこへ辿り着いたのか......。 ヴェクスターデンで初めて見たクラックスに、とても懐かしい気持ちを感じた時から薄々感付いていた事。 その答えは、リヴェットが冒険に出発する前から、ずっと傍にあったのです。

 リヴェットはゆっくりと立ち上がり、傍らのクラックスを眺めて言いました。

「......アトリアちゃん。私ね、きっとクラックスを通って、この世界に来たんだと思う。その時に使ったのが、この羅針盤。 だから、この羅針盤の書かれている名前は、星を渡る旅人の名前.....即ち、私の”星を渡る旅人”としての呼び名」

リヴェットは羅針盤を手前に回転させ、その裏側を最後のホログラム・パネルに掲げました。 逆さに刻まれていた文字は、この時初めて、正しい向きを示したのです。

 クラックスが突然、眩く輝き出しました。 リヴェットはあまりの眩しさに、思わず手で目を覆い隠しました。 やがて、光は少しずつ落ち着き、リヴェットはそっと指の隙間からクラックスを覗きました。 クラックスの中央にある、円形のゲートの内側が青白く輝いていました。 クラックスはブーンと低い音を鳴らし、それはまるで、その場の空気全体を震わしているかのようでした。 気がつくと、ECRを囲っていたアクアブルーに輝く透明な囲いは消滅し、目の前にあったホログラム・スクリーンが1つだけになり、そこにはソーラス語でこのように書かれていました。

”クラックス、セッション確立完了”

 リヴェットはクラックスに駆け寄りました。

「(あれがきっとワームホールです。リヴェット、遂にNEBOへの扉が開きました)」

 アトリアがとても嬉しそうに言いました。

「うん....とても綺麗.....私たち、やったんだね.....」

 二人は心の中で、手を取り合い、喜びを分かち合いました。

 リヴェット達は、命が吹き込まれたクラックスに感動していると、暫くしてR.クラークが後方から近寄って来て言いました。

「お見事です、リヴェット様。クラックスは遂にNEBOへの扉を開きました」

 リヴェットはアトリアと心の中で頷き、R.クラークに疑惑をぶつける決心をしました。リヴェットは背中越しに言いました。

「.....クラークさん。あなたは....全部知っていたんだよね?」

「何故、そのように思うのですか?」

「クラークさん。あなたはここに来た事がある。ううん、ここだけじゃない。 ヴェクスターデンも、オルカも.....既に知っていた。クラックスの事も、ゲートアドレスの事も....それに、この羅針盤に隠された、私の本当の名前の事も」

「.....それは、私の陽電子脳による―」

「ううん、もうそんな事を言っても駄目だよ。 アトリアちゃんだって、気がついているよ」

 リヴェットはR.クラークの方を振り返りました。目には涙が溢れていました。

「もう隠さないで。クラークさん、あなたは―」


「そこまでだ。諸君」

 突然、ホールの入り口から大きな声が響きました。 リヴェット達が驚いて振り返ると、そこには赤く不気味に輝く目の人影がありました。その人影は少しずつ此方へ向かって来ました。やがて、その人物が、銃口を向けている左腕.....いえ左半身が、サイボーグ化されている人間.....シャーレック号との通信で出会ったトラヴィスである事が分かりました。


14. シュレット

 R.クラークはリヴェットを庇うように立ち塞がり、ステッキの先端をトラヴィスに向けました。 トラヴィスは立ち止まり、ブラスターの銃口をR.クラークに向けました。 張り詰めた空気の中で、沈黙が続きました。 クラックスの低い轟音だけが、不気味に鳴り響きました。 暫くして、トラヴィスが言いました。

「君達は必ずここに来ると踏んでいたよ。ここに来た事があるのは、君達だけでは無いんだ」

 トラヴィスは何かを思い出したのか、冷酷な笑みを浮かべて言いました。

「......いつか見た光景だね。あれは2年ほど前だった。私が逃げ去るメリエス号に照準を当て、このブラスターを放つと、無謀にもその間に割って入った老人がいた。ブラスターはメリエス号を捉える事は出来なかった。代わりに、その老人が死んだ。 だが、実際には.....その老人は別の姿に成り変わって、逃げ去った飛行船に乗って生き延びた。違うかい? 」

 R.クラークは無言でした。 しかしリヴェットには分かりました。それが祖父シュレットの.....本人の最期だったのだと。 リヴェットはショックと恐怖で、混乱していました。

「(リヴェット、しっかり。大丈夫、私がついています)」

 アトリアが心の中で、必死にリヴェットを落ち着かせようとしました。

「.....トラヴィス。貴方は何故、自分がここまでして私達からソーラスを遠ざけ、覆い隠す事に執着するのか、ご自身で疑問に感じた事はありませんか?」

「疑問? 何故そう思う必要があるんだい? 我々は全ての人類を守る為に、あらゆる手段を講じるまでの事だ」

 トラヴィスは突然、冷酷な薄笑いを浮かべながら言いました。

「だが....どうしても知りたいのなら、教えてやろう。君の後ろにいる"羽の生えた化け物"達は......かつて、狂信的な進化を望むあまり、我々全人類を滅亡の危機に追いやった。 そうだ......大災厄とは、ソーラス人が引き起こしたものだ。 我々は奴らの過ちに蓋をし、残された全ての人類を大災厄から守る為、遥か北の地に5つの城塞都市を築き、あの忌まわしい星の姿を隠した。知らなければ恐怖に慄く事もなく、平穏に暮らす事が出来るからだ。 しかし、おろかにも君達は、折角一世紀以上もの歳月を掛けて築き上げた我々の努力を、水の泡に帰そうとしている!」

  R.クラークの掲げていたステッキが突然、鋭い金属音を響かせるながら変形していきました。ステッキの姿をしていたそれは、リヴェットとアトリアがルシーア号の船庫で見つけた武器....トライブラスターだったのです。

「.....この子に、今あなたは何と言った? 化け物.....違う。それは私と、そしてあなたの事だ。 あなたは私の質問に対して、正しい答えを言っていない。いや、言う事が出来ないのだ!」

 それは明らかに、今までR.クラークの口調とは全く異なるものでした。 そのトーンには人間的な感情....強い怒りが込められていました。

「君が何を言っているのかいまいち分からない。それと....君の持っているその武器は、私の”半分”しか破壊する事は出来ない。本来、”君を殺す”為のものだ。何なら、君も味わってみるか?」

 トラヴィスはそう言うと、手に持っていた武器を素早くトライブラスターに切り替えました。 R.クラークは臆することなく、話を続けました。

「あなたのその赤いマフラー。確か母親からの唯一のプレゼントだった筈だ」

「......何故、君がそれを知っている」

「貴方はその母親の顔を覚えているか? 最後に会ったのはいつだ? 幼少期はどこで、どのように過ごしたのだ? どんなに歳月が経とうとも、大切な記憶は何らかの形で残り、決して失われる事は無い。それが人間なのだ。しかし貴方はどうだ?」

「黙れ!」

 トラヴィスが大声で怒鳴ると、トライブラスターの引き金を引きました。 ブラスターはR.クラークの左腕を貫通し、腕を丸ごと吹き飛ばしてしまいました。

「やめて!」

 リヴェットが悲鳴を上げました。 R.クラークは仰け反りましたが、直ぐに態勢を立て直し、再びトライブラスターを構えました。 トラヴィスは薄笑いを浮かべて言いました。

「相変わらず、お喋りが過ぎるでくの坊だ。姿形は変わっても、やる事はあの時と何一つ変わらないね.....」

「トラヴィス。我々には、真実を知る権利がある。この世界は、ソーラスのものでも、そして公社のものでもないのだ!」

「君らが知る必要は無い。それが、君らにとって安全だからだ。君らは弱い。真実を知れば混乱し、絶望するだろう。そして見境も無く、奴らと同じ道を選ぶ事になる。残されるのは、心を持たない機械と、廃虚だけだ......そう、このソーラスのようにな。 君らはあれを見たら絶望するだろう.....ソルナ・ティエナの亡霊を」

「ソルナ・ティエナの亡霊.....?」

「これ以上、君らを近づけさせるわけにはいかない。残念だが、ここで全員死んで貰おう!」

「やめて....お願い....」

 リヴェットの悲痛な訴えも虚しく、トラヴィスは引き金を引きました。

 その直前、R.クラークのトライブラスターが激しい爆音と放電を発しながら、強力な電磁砲をトラヴィスに向けて放ちました。雷撃がトラヴィスの身体を直撃しました。

「馬鹿な!トライブラスターがこの私を......」

 トラヴィスの体は内部から放電と閃光を放ち、雷鳴のような音と共に爆散しました。 ほぼ同時に、トラヴィスの放ったトライブラスターがR.クラークのボディを貫通し、R.クラークの身体を真っ二つに引き裂きました。 辺りに二人の鋼鉄の破片やユニットが飛び散りました。 リヴェットは泣き叫びながらR.クラークに駆け寄りました。

「おじいさま!!」


15. 流星と共に

リヴェットは腹部から上だけになってしまったR.クラークの体を抱き起こしました。

「おじいさま....しっかり.....」

 リヴェットは泣いていました。 R.クラーク....いえシュレットは言いました。

「.....やはり、気づいていたようだね。リヴェット。 だが私はもはやシュレットではない。彼の精神がコピーされている人形に過ぎないのだ。

「おじいさま......何故、早く言ってくれなかったの.....」

「.....すまない」

「レティは、知ってるの?」

「ああ.....この姿で現れてから数日も立たずに、見破られてしまったのだ」

 そういえばあの時.....リヴェットは、レティシアがR.クラークに詰め寄っていた光景を思い出しました。

 シュレットは天井の窓越しに望む青い星を見上げて言いました。

「......このクラックスは、あの青き星......NEBOへと通じている。陽の満ち欠け以外、何一つ変わる事無く、我々の世界の頭上に存在していた世界だ。クラックスのゲートを開き、あの青い星へ渡る事が出来るのは、NEBO-SYSTEMというエンパス機関が作り出した仮想次元の存在となり得るソーラス人......つまりリヴェット、君一人しかいないのだ。 さあ、行くのだリヴェット。アトリアと共に。全ての答えが、この先に待っている」

「駄目よおじいさま。一緒に行くの。おじいさまの夢だったよ? それに....ここに置いて行けない」

「リヴェット....ありがとう。本当に優しい子だ。だが....どの道、私はそのゲートを潜る事が出来ないのだ。 リヴェット。君にはその資格がある。君はアトリアと協力して、クラックスの謎を見事解き明かし、NEBOへの道を開く事が出来た。 君なら必ず出来ると信じていた。リヴェット、君は”星を渡る旅人”であり、そして今や立派な冒険家の一人なのだ」

「おじいさま.....」

―突然、入り口の方からガタッという音がしました。 リヴェットは驚いて振り返ると、そこには散乱した鋼鉄の破片の中に、胸部から上だけとなったトラヴィスの遺体がありました。 リヴェットは悲鳴を上げて慌てて目を背けました。

「リヴェット。目を背けては駄目だ。彼の姿を、しっかり見なくてはならない」

 リヴェットはシュレットに言われた通り、恐る恐るトラヴィスの遺体を目を向けました。そこには血は一滴も無く、代わりにオイルのようなものが流れ出ています。彼の破壊された体からむき出しになっているのは、壊れた機械や配線ばかりでした......そう、トラヴィスはサイボーグではなく”完全なロボット”だったのです。 シュレットは言いました。

「....あれが、ロクスクロス公社の本当の正体だ。彼らもまた、かつてソーラス人によって作られ、そして1世紀以上にも渡って生きながらえてきた機械達なのだ。完全に人の姿にはせず、サイボーグのように見せ、人間社会に深く溶け込んでいく。完璧にしない事によって、懐疑心をそらし、己が人である事への願望を強め......結果的により人間に近づく事が出来るのだ。

 だが、トラヴィスは自分が”完全なロボット”ではないかと、内心感付いていた筈だ。 しかし、それをどうしても認めたくは無かったのだ。 彼の赤いマフラーの話は、かつて彼自身が私に語ったのだ。だが恐らくチューニングによって、その記憶は失われたのだろう......」

 シュレットはクラックスを見上げました。

「かつて、ソーラスだけでなく、この世界全てに非常に高度に進んだ文明が広がっていたのだ。 それが何故、ここまで荒廃してしまったのか。彼らロクスクロス公社が何故作られたのか。 全ての真実が、このゲートを越えた先にある。 しかしリヴェット、それは、とても辛い真実を目の当たりにする事になるかもしれない」

「うん.....分かってる。でも、行かなくちゃ.....。レティと、アトリアちゃんとの約束、それにおじいさまの願い。私がちゃんと届けなくちゃ.....」

「....立派になったな、リヴェット。さあ、急いで」

「うん.....」

 リヴェットはシュレットを抱きしめました。

「おじいさま....絶対に戻って来るからね.....」

「ああ....ここで帰りを待っているよ」

「うん....」


 リヴェットは名残惜しそうにR.クラークの元を離れると、涙を拭い、駆け足でクラックスのゲートに向かいました。

「アトリアちゃん....行くよ?」

「(はい....どこまでも、ずっとお供します.....リヴェット」

 アトリアが心の中で優しく応えました。


 手にシスタ・フィオーレンのケースをしっかりと握り、”星を渡る旅人”の証である黄金の羅針盤を首から下げ、 美しい翼をなびかせながら、リヴェットはゲートへと続く階段をゆっくりと登っていきました。 リヴェットはもう一度振り返り、クラックスの傍の黒い石碑にもたれているシュレットを見つめました。

「おじいさま....行ってきます」

「リヴェット....さあ、行っておいで。”星を渡る旅人”よ」

 リヴェットは頷きました。そしてもう一度ゲートの方に向き直り、羅針盤をしっかり握り締め.....青白く輝くゲートの中へと飛び込みました。

 リヴェットの視界が真っ白に染まりました。 全ての体の感覚が失われ、リヴェット自身の意識だけが残りました。 それはまるで、夢の中にいるような感覚でした。 真っ白に輝く視界の先に、あの青い星が、凄いスピードで此方に迫ってくるのが分かりました。 リヴェットは今、流星となって、NEBOへと向かっていました。 やがて、リヴェットの意識もまた、白く輝く光の中に包み込まれていきました。


 ―流星となって天に昇って行くリヴェットの姿を見送りながら、シュレットは言いました。

「6年前、あの小さなソーラス人の女の子が、きっとソーラスの謎を解く鍵になると信じていた。 ロジャー、君にも見せてやりたかった。我々に新しい、そして頼もしい仲間が加わった。 星を渡る旅人....リヴェットだ」


16. 悪夢の終わり

 私はとても冷たい鋼鉄の床に、仰向けに倒れていた。 ドーム状の天井のガラス窓の先には、あの大きな青い星NEBOが見える。 こんなに大きく、そして真上に存在しているのは ここが失われた地、ソーラスのかつての都だからだ。

  その青い星へ向かって、一点の小さな流星が、眩い程の青い光を放ちながら、飛び去っていくのが見えた。 私の体は全く動かなかった。ただ、その流星の光をじっと見つめていた。 私の心は泣いていた。しかし涙は出ない。 その理由は、既に知っていた。にも関わらず、私はそれを決して認めたくは無かった。 そう、私が長らく疑惑を抱いていた.....最も恐れていた真実だ。

 全てが....偽りだった。私の思い出の全てが。 ただ、とにかく悲しかった。

 私は既にこの光景を、見ていたのだ。知っていたのだ。 それはまるで、この世界を長いロールフィルムにして、遠くの次元から映写機でスクリーンに映していたかのように。

 私の意識は次第に薄れ、そして.....視界がぼんやりと消えていった。 只一つ、はっきりと分かる事がある。 これが.....真の死であると。

 長い悪夢が今、ようやく終わろうとしている。


第3章:Schugarden編 (終)


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