7. シューガルデン
飛行船ルシーア号が、ソーラスの最も南側に位置する島”ソルガルト”の上空に入ると、 突然辺りの風景が一変しました。
最初に訪れたソーラスの都市ヴェクスターデンと同じ様に、大きな鋭塔が、雲の下からいくつも伸びているのが見えましたが、 それはヴェクスターデンのような美しい形状の鋭塔とは異なり、 どれもが黒くて不気味な鋼鉄がむき出しになった、とても冷たい印象を与える建造物でした。
やがて、眼下に見える地上の全てが、鋼鉄やコンクリートに埋め尽くされ、 これまでソーラス各地で見られた豊かな自然は、もうどこにも見る影はありませんでした。しかし何よりも、他のソーラスの都市と大きく異なる点は、この街は”動いていた”のです。
鋭塔のあらゆる場所に設置された風車は、絶えずゆっくりと回り続け、 その鋭塔の先には、航空障害灯と思われる赤い光が、ぼんやりと点滅しているのが見えました。リヴェットは歓喜して叫びました。
「動いている! この街は動いているよ! きっとまだ.....ソーラスの人達がいるかもしれない!」
しかし、傍らで様子を見ていたR.クラークは険しい顔で言いました。
「いや、どうも様子がおかしいようです。確かに街は動いておりますが、街中には人の気配がありません」
「そんな....でも、風車が動いている.......ほら、街の灯りも見えてきたよ?」
眼下の鋼鉄が入り組んだ街並や、周囲の鋭塔には、いくつもの灯りがぼんやりと見えました。 それは紛れも無く、道路沿いに佇む街灯や、窓越しから溢れる照明でした。
「確かにそうです。しかし、リヴェット様もお気づきになられているかと思います。機械の音は聞こえますが、この街には人々の喧騒が全く感じられません.....アトリア。あの大通りを拡大して下さい」
ホログラム・スクリーン上に、中心街へと伸びる大きな大通りが映し出されました。
片側だけでも5車線程ある、非常に広い通りでしたが.....そこに自動車や歩く人の姿は見られませんでした。
「誰も、いないよ.....」
「そうです。この街は”静か過ぎる”のです」
リヴェットは得体の知れない不安を感じながら、手帳を取り出し、この街に関する記録を探しました。
”Schugarden”(シューガルデン)”
シュレットの手帳には、この街についてこう綴られていました。
”我々人類の目指す進化の先にある、矛盾した結末”
羅針盤は、シューガルデンの街中に佇む、巨大な楕円形の建物を指し示していました。 アトリアは、この建物の周囲を取り囲む形で備えられた、飛行船の停泊港と思われる場所へ、ゆっくりとルシーア号を降下させていきました。
8. 暗黒の都へ
ECR内でリヴェットとアトリアは、あの時と同じ様に向かい合っていました。
リヴェットが目を閉じると、アトリアはそっと額に口付けしました。
閃光に包まれると、リヴェットは再びNEBO-SYSTEMによってアトリアと融合しました。
実を言うとあれから何度も、二人はNEBO-SYSTEMによる融合を行っており、次第にこの姿でいる時間の方が長くなっていました。
「(リヴェット....NEBO-SYSTEMを使えば、私の記憶、知識を使って、ソーラス語を読んだり、お話する事も出来ます)」
「うん....アトリアちゃん。ありがとう。今まで知らなかった、たくさんの事が分かるようになったよ......」
「(はい.....私もです、リヴェット.....)」
リヴェットは目を瞑り、胸に手をそっと置き.....アトリアの存在を心で感じ取っていました。
リヴェットは傍らに置いていたシスタ・フィオーレンのケースをしっかり持ち、R.クラークが待っているルシーア号の出入り口へ向かいました。ケース内部のポケットには、ヤンセンの残した楽譜と投影機が一緒に入れられていました。
「(.....リヴェット。持って行かれるのですか?)」
「.....うん。何となく、この子たちを連れていかないといけない気がするの.....」
リヴェットには予感がしました。NEBOへの道はもう直ぐそこにあるという事、そしてヤンセンの望みを届けるのは
自分の使命である事を。
ルシーア号を降りて表に出ると、冷たい風がリヴェットの体にぶつかり、全身をぶるぶると震えさせました。 羅針盤は、目の前の楕円形の建物を真っ直ぐと指し示していました。目の前にある標識には、こう綴られていました。
”Teater Schugarden”(テアートル・シューガルデン)
飛行船の停泊港から楕円形の建物までは、およそ500~600mほどの歩道橋が掛けられています。
周囲を見渡すと、天高く伸びる鋭塔がひしめきあう合間から、シューガルデンの夜景を望む事が出来ました。
リヴェット達は歩道橋を進み、目前に佇む建物を目指しました。
リヴェットの体はNEBO-SYSTEMによって仄かなアクアブルーの光に包まれ、夜の闇の中で、はっきりとその姿を見る事が出来ました。リヴェットは、自分が裸足になっているにも関わらず、足の裏が地面に触れていない事に気がつきました。
リヴェットの疑問に、アトリアが心の中で答えました。
「(ソーラス人の富裕層は、靴を穿かなかったと言われております。今、リヴェット様を覆っている光の膜は、私の作り出すアクアスフィアと同じ性質の物です。これらは衣類の代わりに、体温を調整したり、体を保護する役割を果たしていました)」
「それって、もしかして.....」
「(厳密には、服を着る必要が無かったのです)」
リヴェットは恥ずかしくなり、真っ赤になりました。
アトリアはクスクスと笑いながら言いました。
「(リヴェット....ご安心下さい。流石に裸は、どんなに高度に進んだ文明社会でも、倫理的に受け入れられません。
ですので、ソーラス人もちゃんと衣類を着ていましたよ)」
リヴェットは少しだけほっとしました。
―そんなやり取りをしている内に歩道橋を渡りきり、楕円形の建物の入り口が目の前に迫りました。
リヴェット達は辺りを警戒しながら、建物の中へと入っていきました。
9. 鏡の向こうの鐘の音
「ようこそ、テアートル・シューガルデンへ」
突然、何者かの声が響きました。リヴェットはびっくりしてその声の主に目を向けると、そこには2体の人形が置いてありました。その人形はよく見ると”動いていた”のです。
「ロボットです、心配ありません」
R.クラークが言いました。リヴェットは少し慄きながらも、ロボット達のいるカウンターへ近づいていきました。
「本日は、TI(テリーサ・インダストリーズ)劇団のミュージカル”鏡の向こうの鐘の音”の公演を行っております」
「あ....あの.....チケットはどちらで?」
リヴェットはアトリアの記憶を通じて、片言なソーラス語で質問しました。少し不思議な感覚でした。
「TI劇団の公演は、無償でご鑑賞頂けます。あちらのエントランスより、大劇場へお進み下さい」
「あ....ありがとうございます」
リヴェットはソーラス語でお礼を言いました。
大劇場の周りには、それを囲む形で16本の渡り廊下、エスカレーター、無数の大きな柱やケーブルが地上やエントランスと結ばれており、そこはまるで空中に浮いているかのような構造をしていました。
下を見下ろすと、人工的に作られた庭園に滝が流れており、それは遥か遠く....地下深くまで続いていました。
そのあまりの高さ、スケール感に、リヴェットは足がすくんでしまいました。
前方の大劇場に近づいていくにつれて、美しい歌声が聴こえてきました。
鏡に映る街並に 佇む寂れた教会
鏡に響く鐘の鳴が 遠く遠くこだまする
鏡に降り積もる雪 心を覆い隠して
鏡に映る思い出は 風の共に去っていく
いつか見た光景 あの景色に
もう手は届かない
いつか聴いた鐘の音色
もう聞こえない
翼に積もる雪 心を凍てつかせ
鏡に映る記憶 涙と共に零れ 消えてゆく
鏡に映る街並みは 雪に覆い隠され
鏡に響く鐘の鳴は 風の共に去っていく
いつか見た光景 あの景色を
もう一度見せて欲しい
いつか聴いた 鐘の音色を
もう一度聞かせて
古いオペラ劇場のような豪華な内装が施された大劇場に足を踏み入れると、その美しい歌声がはっきりと聴こえてきました。 舞台上では、歌劇が行われていましたが、 広大な客席には、誰一人として観客の姿はありません。
ステージの上では、雪が降り積もる夜の街中を模した演出の中で、美しい白い翼と、純白のNEBOの衣装を着たソーラス人の女の子が、スポットライトを浴びながら、鑑に映る教会を眺めている情景を演じていました。
リヴェットはとても哀しい気持ちになりました。既に、その正体が何者であるかが分かってしまっていたからです。
ステージに近づくと、舞台上で演じている俳優も、オーケストラピットで演奏している楽団も、全てがロボットや立体ホログラム映像である事が分かりました。リヴェットはがっくしと力が抜け、その場にしゃがみこんでしまいました。R.クラークが言いました。
「.....どうやら、この街では機械だけが動いているようです。 あの街の灯りも、動き続ける風車も、そしてこの舞台も....すべてが機械の仕業だったのです」
「どうして.....」
リヴェットは今にも泣きそうでした。
「皮肉なものです。彼らが置き去りにした機械だけで、ここでは社会が1世紀以上にも渡り、維持されてきたのです。 シュレット様の言われた通り、ここは進化の先にある、矛盾した結末なのです」
「でも、どうして。どうしてみんな置いて、いなくなっちゃったのかな.....」
突然、羅針盤が大きく震えだしました。リヴェットは慌てて羅針盤を取り出しました。
「....あ、羅針盤が動き出したよ」
羅針盤の針は、入ってきた方角から90度回転し、北側のエントランスを指し示していました。
R.クラークが言いました。
「先を急ぎましょう。リヴェット様。全ての答えは、もう遠くは無い筈です」
リヴェット達は北側のエントランスから劇場を出ました。すぐ正面に大きな2つの鋭塔に挟まれる形で、 天球技のような形をした建物がありました。 近くにある標識にはソーラスの言葉で、このように書かれていました。
”ガクルックス観測所 500m先”
「あれが.....きっと3つ目の観測所だね」
リヴェット達はまるで誘われるように無言のまま歩き出し、目の前に佇む観測所を目指して行きました。
10. 赤い瞳
―時を遡り、リヴェット達がウェレンスヴァニアを脱出した日の事。
メリエス号はウェレンスヴァニアの4区から東に延びる渓谷に不時着しました。
2つのエンジンが落下して爆発しましたが、本体は辛うじて無事だったのです。
しかし不時着の衝撃は決して軽いものではなく、レティシアは気絶してしまいました。
ステラの必死に呼びかける声で、ようやくレティシアは目が覚めました。
「レティシア様!起きて下さい!」
レティシアはうめき声を上げながら、ゆっくりと体を動かし、起き上がりました。
「.....ステラさん....私達、無事だったみたいですわね」
「レティシア様.....歩けますか?」
「脚が痛みますわね....ちょっと無理そうですわ。.......あら?」
レティシアがステラの顔を見ると.....その片方の瞳が赤く染まっている事に気が付きました。
それは.....レティシアもよく知っている、エンパス症による目の彩色変化によるものでした。
レティシアはわざとらしく言いました。
「あら、ステラさん。素敵な瞳ですわ~」
「あ.....!?」
ステラは飛行に集中する為、擬装用のアイコンタクトを取り外していた事をすっかり忘れていたのです。
「.....うふふふ。ステラさん、エンパス・リンカーだったのですわね。という事は公社の人間?」
ステラは観念したようにうな垂れて言いました。
「....レティシア様、お許し下さい。私は嘘をついておりました。
ですが決して、皆様を陥れようとしていたわけではございません。
どうか、私の事を信じて下さい。私は皆様の味方です....」
ステラの赤い瞳が慄き、不安の表情でレティシアを見つめていました。
レティシアはそっとステラの手を握りました。
「....貴方の事を敵だなんて思った事は一度もありませんわ.....今この時もね。それに今は尚更、貴方だけが頼りですわ」
「レティシア様.....」
「ステラさん。私はここから逃げられそうに無いですわ.....リヴェットの事は、貴方に託しますわ。早くここからお逃げなさいな」
「レティシア様....それは出来ません」
「ステラさん。実はじじいから、RSISのエージェントを雇った話を聞いた事がありましたわ。
もしそれが貴方でしたら、今この状況を覆せるのは、貴方だけですわ」
暫くの沈黙の後、ステラは言いました。
「レティシア様。私の本当の名前はライラといいます。私は必ずレティシア様を助けに参ります。どうか信じていて下さい」
「期待していますわ、”ライラさん”.....さあ、早く」
11. 脱出
―時は戻り、ソーラスのソルガルト上空を飛行するシャーレック号では、ライラが周囲を警戒しながら
レティシアが拘束されている上層のキャビンを目指していました。
既にラドリー顧問官により、ライラへの拘束命令が出されており、サイボーグ兵達が必死になって
船内を駆け回っていました。
レティシアが拘束されている部屋の前には、二人組の見張りの兵士がいました。
階段の出入り口からそっと様子を見ていたライラは、背中の浮遊ユニットからトライブラスターを掴み取り、二人の兵士目掛けて電磁砲を放ちました。兵士達がそれに気が付いた時には遅く、顧問官に発見の連絡をする間もなくエンパス機関がショートし、ユニットをバラバラに飛び散らせながらその場に倒れました。
ライラには分かっていたのです。二人の兵士がサイボーグではなく、完全な機械.....ロボットである事を。
ライラが部屋に入ると、そこでは身支度して待っていたレティシアの姿がありました。
レティシアは突然現れたライラの姿に驚く様子も無く言いました。
「.....どうやら潮時ですわね。行きましょう、”ステラさん”」
ライラ達がシャーレック号の艦載機用ドッグに辿りつくと、ラドリー顧問官達が待ち構えていました。
ライラはレティシアに、離れているように合図を出しました。顧問官と兵士達は一斉に、ライラに銃口を向けました。
「ライラ・リーデル大尉....武器をお捨て下さい。さもないと、あなたのみならず、向こうにいる若い娘の命も奪わなくてはならない」
ライラは目を瞑り、観念したかのように、浮遊ユニットを解除しました。背中に浮遊していた武器がガタンと大きな音を立てて地面に落下しました。
「大尉....君はエリートとして有望な未来があった筈だ。なのに何故だ。何故裏切ったのだ?」
顧問官は薄笑いを浮かべながら言いました。ライラが答えました。
「それは.....私が”人間”だからですよ」
ライラは自身を周回する球体のオブジェを手前に寄せると、そっと指を触れました。
球体は眩く放電しながら青白い光を放ちました。ライラはトライブラスターのエネルギーを、その球体に集約していたのです。
それを見た兵士達が嘲笑しながら言いました。
「血迷ったか大尉。トライブラスターで我々”人間”は殺せないぞ。そいつはお前のような機械人形に使うものだ」
しかしラドリー顧問官だけは表情が蒼白になっていました。
「まさか貴様....よせ!」
ライラは球体に集約されたエネルギーを解放しました。
球体から延びる雷撃が、眩い閃光と破壊音と共に、瞬く間に四方八方へと広がり、ライラや兵士達、ラドリー顧問官を直撃しました。
顧問官や兵士達の体から閃光が漏れ出しました。次の瞬間、彼らの体は眩い雷鳴と共に爆発し.....鋼鉄の破片やユニットを爆散させながら倒れていきました。
球体はエネルギーを放出し尽くすと光を失い、やがて消滅していきました。その場に立っているのはライラだけでした。
レティシアは歓喜しながらライラに駆け寄り、抱きつきました。
「きゃー!決まりましたわぁ!ステラさん、素敵ですわぁ....あら?」
レティシアは倒れた兵士達に近寄り、飛び散ったユニットを拾い上げて言いました。
「こいつら....ロボットだったのですわね。ひょっとして、この艦の兵士は全員....?」
突然、艦の警報が鳴り響きました。
同時に、艦にいたサイボーグ....いや、ロボット兵達が一斉にエネルギーを失い、その場に倒れました。
「今度は一体なんですの.....?」
爆散して上半身のユニットだけになって倒れた顧問官が、笑みを浮かべながら言いました。
「生意気な小娘どもめ.....この秘密は、シャーレックを犠牲にしてでも守らなければならぬ。貴様等は全員道連れだ」
「なんですって!?」
「全ては、残された人類を守る為.....」
ライラが叫びました。
「レティシア様!こちらです!急ぎましょう」
「んもう!男って直ぐ自爆ボタンを押したがるから嫌いですわ!」
二人は一番近い3番ドッグの小型戦闘艇に向かって走りました。
戦闘艇は小型のメリエス号より更に小さく、前方に2人、後ろに2人分のシートがあり
真っ暗なコックピット内では、計器を示すホログラム・スクリーンがぼんやりと浮かんでいました。
2人は前方のシートに座りました。
「ところでステラさん、まだ閉店中みたいですわよ?」
レティシアは前方、カタパルトの先を閉ざすシャッターを指差して言いました。
「お任せ下さい。今すぐ開店させます」
ライラは射撃システムを起動しました。スクリーンにHUDが表示されると、ライラはカタパルトの先にあるシャッターにターゲティングし、ブラスターを4発放ちました。シャッターが破壊され、外の光が見えてきました。
ライラは手馴れたように素早く計器のスイッチを切り替え、スラストレバー前方に進め、機体を一気に加速させました。
機体は物凄い速さで、狭いカタパルトを抜けていき、そして勢いよくシャーレック号の外へ飛び出しました。
レティシアが叫びました。
「やりましたわ!!」
ライラは機体をすぐに旋回させ、ポイントE666の方角へ向き直し、全速力でこの空域を離脱させました。
その直後、シャーレックの船体から閃光が走り、大爆発を起こしました。
爆風の衝撃によって戦闘艇も激しく揺れましたが、何とか機体を安定さえる事に成功しました。
「ふう.....間一髪でしたわね....」
ようやく落ち着いて、レティシアは深いため息をついてから言いました。
「ねえステラさん。そろそろ話して下さらない? あなたの本当の正体の事。
それに、どうしてシャーレックの乗組員が、全員ロボットだって事を知っていたのかを....ですわ」
12. ライラの正体
ライラは戦闘艇を自動操縦に切り替えると、とても申し訳無さそうに俯いて語り始めました。
「.....私は14歳の頃より、家政婦としてルウェイン家に仕えていました。
ですが、私にはもう一つの顔がありました。ロクスクロス公社の私設軍のエンパス艦を操るエンパス・リンカー、ライラ・リーデル大尉。それが私の本当の姿です」
「.....時々、長期間の休養を取ってらっしゃったのは、それが理由だったのですわね」
「申し訳ございません.....ですが信じて下さい。私は決して.....」
「わかっていますわ。じじいも知っていたのでしょう?」
「はい....私をお二方御付の家政婦....そしてボディガードとしての任を与えて下さったのは、シュレット様だったのです。
軍人としての戦闘力を持ち、そして歳も近い私に、二人を.....レティシア様とリヴェット様を守って欲しいと」
「そうだったのですわね.....早く言ってくれれば良かったのに」
「すみません.....」
「落ち込まないで下さいな。でも、徹底的に尋問しますわよステラさん。それから~?」
レティシアはとても嬉しそうに訊きました。ライラは少し困惑しながら、話を続けました。
「シャーレックは、公社の艦隊で唯一、ソーラスを行き来しております。
この艦に選りすぐられた有能な兵士は、そのデータを収集した後、ロボットとして改造され、半永久的に公社に仕える事になります。
その時、自分自身が機械であると疑惑を持たないように、サイボーグを装い、別の記憶を掘り込むのです。
私にその事を教えてくれたのも、シュレット様でした。
シュレット様は、RSIS創設者の一人で、公社の内情をよく知っておられました。
私は迷っていました。私はかつて、孤児でした。両親に捨てられ、人との繋がりも無く、公社の兵士としての生き方しか知らなかった私は、自分が機械になってしまう事には、最初は抵抗がありませんでした。
ですが私は.....レティシア様、リヴェット様と共に過ごしてきた時間を通して、皆様との繋がりを、
人間としての自分を大切に思うようになりました。それで......」
「......ステラさんは私達を選んで下さったのですわね。私、ステラさんが機械にならなくて、本当に良かったですわ。だって、あなたは私達の大切な家族ですもの」
「レティシア様.....ありがとうございます」
ライラは赤い瞳に涙を滲ませながら、羨望の眼差しでレティシアを見つめました
「むー」
深刻な表情ばかりのライラを見かねたレティシアは、悪戯を思いつきました。
「さて.....ところでステラさん。女スパイは、拷問をするのがお約束ですわ」
「.....レティシア様? 一体何を言って....」
レティシアはゆっくりと席を立ち上がり、ライラの方へ近づきました。
「うふふ....ステラさんって本当にスタイルが良いですわね。その恰好....やばいですわ」
レティシアはライラに詰め寄り、頭のリンカーを両手で掴みました。
「れ....レティシア様?」
「これ、かわいいですわ。子猫ちゃんみたいですわ」
「レティシア様、おやめ下さい!」
「ねえ、これから家でもずっとその恰好にしませんこと? その服にエプロン付けたらもっと可愛いですわ」
「......レティシア様、怒りますよ」
「ねえ.....そのスーツ、そこはどうなってるのかしら?見せて下さいな!」
「きゃっ....こ、こら!やめなさい!」
「ねえねえ、試しに”みゃー”って泣いてみて―」
―拳骨を受けたレティシアが頭を抑えながらうなだれていました。
「うぅ....暴力反対ですわ....」
「レティシア様にはちゃんと、淑女としての振る舞い方を厳しく教え込まなくてはいけませんね」
ライラはすっかり、いつもの家政婦ステラに戻っていました。
レティシアはしょんぼりしながら座席に戻りました。
「レティシア様、これからどちらへ向かいましょうか?」
「ポイントE666.....私達も追いかけますわよ。あの子を迎えに行きましょう」