◆ リーラと星空の妖精 ◆

■Prologue

 時間と空間を超え、数多の星々の行く末を見守る観測者達の街エルンシェル。
その古ぼけた大きな天文台が並ぶ街に、1人の少女がいました。

フィエーデルと呼ばれる天使のような翼を持つ少女。彼女の名はリーラ。
まだ見習いの観測者です。

好奇心旺盛なリーラは、エルンシェルで最も古い天文台ソクラテスに興味深々でした。
その天文台は長い歳月そこにあり、今は誰も使わなくなり、忘れ去られようとしていました。

ある晩、リーラは観測者達のパーティから抜け出し、古ぼけた天文台の中へと誘われるように入っていきました。
真っ暗で....埃だらけの館内。
恐る恐る明かり灯すと、天井高くそびえる壁一面に並ぶ本の数々と.....とても大きな望遠鏡が目の前に現れました。

望遠鏡の傍を照らす灯の元に、1冊の本が置かれていました。

”星空の叙事詩”

リーラはその本を広げると、眩い光と共に美しい妖精が目の前に現れました。

「...リーラ、貴方をずっと待っていました」
「あなたはだあれ? どうして私の名前を知ってるの?」
「私はこの星々の記憶を司る妖精アルドラ。そう、貴方によって記された星々の記憶の......」
「あの、アルドラさん......私、ここに来たのは初めてだよ?」
「ええ......ここは始まりであり、終わりの場所。今の貴方はまだその始まりに立っただけに過ぎないのです。ほら、御覧なさい。。。」

アルドラが手をかざすと、リーラの目の前に眩い光を放つ大きな鏡面が現れました。
輝く鏡面はまるでステンドグラスのようにいくつもの断片が繋ぎ合わされ、その1つ1つに様々な情景が映し出されていました。
リーラが恐る恐るのぞき込むと......走馬灯のように、いくつもの記憶が目の前を駆け巡りました。

最初に現れたのは、4人の魔女と竜が大空を駆け巡る情景でした。
リーラが今まで見た事も無いほど......巨大な雲海と空、そして浮遊する大陸の世界。
「すごく大きな雲......地上が全然見当たらない。ルーベンおじい様が言ってたガス惑星の世界かな? それにあの子......どこかで...」
竜の上にまたがる麗しい少女には見覚えがありました。しかし、どうしてもその名前を思い出すことが出来ません。
「空の王国......ネヴェスカゼムヤ」
アルドラがそう言うと、フッとその情景が消え...次の記憶が目の前に現れました―

―見た事も無いほど明るい夜空に、星々がひときわ明るく輝いていました。
「きっと銀河の中心にある星だね......前にミエットお姉ちゃんが言ってた......」
地上にはいくつもの黒い尖塔のような建造物が並んでいました。そのどれもに灯は無く、所々が崩れ落ちており。。。都市の廃墟である事を物語っていました。
暫くすると、尖塔の間から橙色の光がいくつも上がっていくのが見えました。それは灯篭でした。
おびただしい数の灯篭がぼんやりとした光を放ちながら、星空へ向かってゆっくり昇っていきました。それは大変美しい光景でした。
森の中では妖精達が輪になって踊り、何かを祝っているようでした。
「妖精の故郷...サンロリアン。そして次は......最後に残された記憶の断片です」
サンロリアンの情景が消え、次の記憶が目の前に現れました―

―それは.....1つの恒星を取り囲む幾何学的な人工建造物が、リング状になって幾つも取り囲むコロニー群でした。
「凄い......なんて高度に発達した文明......きっとまだ誰も観測していないよ」
星系に僅かに残された惑星もまた人工構造物によって覆われ、数えきれないほどの交通網が巨大な建造物の間に複雑に絡み合っていました。
しかしそれを眺めていると、リーラはとても悲しくなりました。
そこは生を感じさせるもの。。。命の巡り、未来への希望や夢......そうしたものが一切失われ、停滞と虚無に覆いつくされた空気に満ちていました。
「どうしてだろう......とても悲しい」
衛星軌道まで届きそうなほど高く聳え立つ人工構造物の最上階に、黒いドレスを着た少女がポツンと立っていました。
銀色の長い髪の毛をなびかせ、背中にはリーラと同じ白い翼が生えています。
いくつもリング状の構造物が覆い隠す黒い空を、少女は寂しそうに見つめていました。ふと、何かに気づいたように言いました。
「......ずっと、貴方を待っていたよ」
少女が振り向こうとした瞬間......その情景がフッと消え、記憶の鏡面の前に戻っていました。
「重力使いの英知と虚無の最果て...エルデガイスト」

...リーラは泣いていました。そこでとても悲しく...辛い出来事があった筈なのに、それを思い出すことが出来ませんでした。

「ねえアルドラさん......私は本当にこの世界を...この記憶を綴ったの? 私、思い出せない...でも何故こんなに悲しいのかな?」
「それは貴方の記憶だからです......ですが、今のあなたにとってはこれから起きる記憶。今感じているものは......予感と、私達は呼んでいます」
「予感...」
「エルンシェルの旅人として訪れた数多の世界の記憶。貴方はこれから観測者として私と共に旅に出て......これらの世界の記憶を綴るのです。ですが......今ここには断片しかありません」
「どうして?」
「貴方は...いえ、未来の貴方はここに断片しか残さなかった。そして私からも記憶を消し、ここ残して.....記憶の最果てへ行ってしまわれたのです」
アルドラは寂しそうに言いました。
リーラは目の前で悲しく俯くアルドラをとても可哀相に思いました。

―リーラは少し気持ちを整理する為、表に出て空を眺めて考え込んでいました。
ずっと......記憶で見た黒いドレスの少女の姿が脳裏をずっとよぎっていました。
「私はあの子を知ってる。あの子が待っていたのは私......」


―暫くして、リーラは戻って来て心配そうに見つめるアルドラに言いました。
「ねえアルドラさん......私がこれからあなたと一緒に旅に出れば、あの悲しい記憶の先に辿り着く事が出来るかな? それに......今度は貴方と最後まで一緒に旅をする事は出来る......かな?」
「それは......残念ながら私には分かりません。私達が観測者として旅に出て、その目で確かめる他ありません。しかしリーラ、私は思うのです。未来の貴方がここに断片だけを残したのは、きっとその記憶は......運命は、決まっていないと伝えたかったからではないでしょうか」
「うん......そうだよね」

―リーラは意を決心したように強く杖を握り、瞼を閉じました。
「ミエットお姉ちゃんから譲り受けた杖。私の.....エルンシェルの観測者としての旅立ちをどうか祝福ください」
目を見開き、輝くような瞳でリーラは言いました。
「ねえ......アルちゃんって呼んでいい?」
アルドラは少し驚きましたが、優しい笑みを浮かべながら言いました。
「はい......以前も、きっとそう呼ばれていた気がします」
「アルちゃん......行こう。私は貴方と一緒に、あの世界を......あの記憶の先の運命を目指したい」

アルドラは嬉しそうにリーラに手を差し伸べました。リーラはその手を優しく握りました。

「はい......では共に参りましょう。エルンシェルの旅人リーラ......貴方の綴った星々の世界へ」






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